政治

2009年7月22日 (水)

本日の「怒」090722/衆議院解散/まずは各紙の社説眺めから


「解散をやるやる」と言い続けた「オオカミ首相」が、最後の最後に筋を通してくれました(笑)。当ブログで危惧していた日本を滅亡に導く「石原首相、橋下幹事長、東国原総務大臣」の組み合わせでの自民党の起死回生策が実現しなかったことで、ほんの少しほっとしています。この解散自体は「破れかぶれ解散」「自民党解散」「万歳突撃解散」などとさまざまにネーミングされていますが、産経、読売両紙の危機感は相当なものです。

 実は、私は各種報道で言われているほど根本的な自民党の敗北はないのではないかと思っています。報道されている情勢などをいろいろ眺めていると、「北海道は自民全敗、東京は4勝止まり」などという劇的な記事が溢れています。ですが、仮に民主党が300議席近くを獲得したとしても、「自民党的なもの」を完全に排除することはできないでしょう。そのあたりも、少しずつ書いていこうと思います。

 さて、まずは、あまりのずっこけぶりに当ブログでもたびたび取り上げている産経社説。「格差社会、年金や医療など、現在や将来に対する不安、経済危機など小さい小さい。まず争点にすべきは日本の国家観の構築、そして防衛である!!」と意気軒昂に見えますが、国民の視点をぼかすのに必死になっているその中身には、バカバカしさを通り越して哀愁すら感じます。さすがに「人の前に国家あり」を根本とする「ウヨ」の姿を現していると言えましょう。

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【主張】衆院解散 国のありよう競い合え 政権担当能力が判断の基準
2009.7.22 02:54

 衆院が解散され、総選挙が来月30日に行われる。これからの日本の針路を決める歴史的な意味合いを持つ選挙だ。各党は、日本丸のかじ取りをこうするという青写真をマニフェスト(政権公約)などで具体的かつ早急に国民に明示しなくてはならない。
 争点にすべきは、日本の基軸をどうするかである。例えば、北朝鮮の核や弾道ミサイルの脅威に加え、中国の軍事力の強大化に日本はどう向き合うのかという問題がある。日米同盟関係を弱める選択をすることで日本の安全は守られるのかどうか。消費税などの負担の問題も避けていては年金などの難題は打開できない。
 問われているのは日本の国のありようであり、内政外交の懸案や難題をどう解決するのかという処方箋(せん)である。「政権交代」気分に浸っている余裕はない。政権担当能力の競い合いを通じ、日本の国家像を提示することこそが求められている。
 解散後の記者会見で、麻生太郎首相は「日本の未来に責任を持てる政党」の選択を有権者に呼びかけた。しかし、自民党がそれに値すると思わせる構想力を示してきたのか。4年前、小泉純一郎首相(当時)の「郵政解散」で、自民党は郵政民営化への賛否をめぐって分裂したが、小泉氏は反対派の選挙区に対抗馬を立てて民営化を鋭く争点化した。
 ≪この国をどう守るか≫
 「麻生降ろし」をめぐる混乱は東京都議選などにも悪影響を与えたが、麻生首相も反麻生勢力も、郵政民営化に匹敵するテーマは持ち合わせていない。自民党の最大の問題点がそこにある。
 外交・安全保障をめぐる民主党の国会対応は現実に日米同盟を損なってきた。インド洋で海上自衛隊が給油支援を行うテロとの戦いでは、民主党がテロ対策特別措置法に反対したため一時中断した。在日米軍駐留経費の日本側負担に関する特別協定にも反対し、空白期間が生じたこともあった。鳩山由紀夫代表は「すぐにやめるのは無謀な議論」と、政権交代後も給油支援を継続する考えを示したが、小手先の対応にすぎないといえる。来年1月に期限切れとなるテロ対策特措法の延長措置をこの秋に取らなければ、いつまた撤退するかわからないからだ。共に参加する各国に対しても、極めて不誠実な対応となる。
 沖縄の米軍普天間飛行場の県外移設の主張も、県外のどこに移すかを言わなければ現実の政策といえない。ごく最近も、国連安保理決議を受けた北朝鮮船舶に対する貨物検査特措法案の早期成立に協力しなかった。
 民主党の外交・安保政策の危うさを首相や自民党が突くのはもっともだ。だが、中国の軍事力強大化に対し、日本の防衛力を削減してきた一義的な責任は自民党政権にある。民主党にはその問題意識すら薄いようだ。この国をどう守るかという議論をさらに深めることは両党の責務である。
 ≪増税論議を避けるな≫
 年金、医療、介護や少子化対策などの社会保障は、国民生活に直結する。不安の解消と将来の安心感を高めるものとして自民、民主両党とも柱としている。
 民主党はとくに年金制度改革の必要性を主張していたが、マニフェストでは公的年金の一元化による新年金制度の実施時期を、当初予定していた平成24年度から26年度以降へと先送りするという。
 無年金・低年金者救済のため創設する「最低保障年金」の財源には消費税の全額を充てるが、消費税率は4年間引き上げないという。自民党は景気回復を前提に、消費税を含む税制抜本改革を3年後に行うとしているが、どれだけマニフェストで徹底できるかだ。選挙には不利だとして増税論議を避けることは、もはや両党ともに許されない。
 民主党の教育政策を危惧(きぐ)する声は多い。輿石東参院議員会長が「教育の政治的中立はあり得ない」などと、日の丸、君が代問題などにみられる日本教職員組合(日教組)のイデオロギー闘争をさらに教育現場に持ち込むような発言を繰り返しているためだ。同氏の発言は党内でほとんど問題視されておらず、支持労組のイデオロギーには目をつぶる民主党の体質をうかがわせていないか。
 この国に責任を負う二大政党が身を切るような激しい政策論争をまず行うべきだ。国政の停滞を脱し、閉塞(へいそく)感を除去する政治体制は真剣かつ現実的な論争を経て、誕生するのではないか。
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 これに対し、さすがに読売は現実的です。丁寧に自民、公明両党の主張をそのままなぞっています。最後に「やっぱり自民党」と念を押すところなど、さすがの貫禄です。

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 衆院が21日、解散された。衆院選の日程は、8月18日公示、30日投開票だ。自民、公明両党の現政権の継続か、民主党を中心とする新政権の誕生か。これが最大の焦点になる。
 しかし、単に政権の争奪だけに目を奪われてはなるまい。
 「政権交代」の是非の前に、各政党が掲げる主要政策とその実行能力が問われている。
 投開票までは40日間という長丁場だ。有権者はその間、各党の政策を十分吟味してもらいたい。

 ◆政治の安定をどう築く◆

 衆院選を前にした各種世論調査では、民主党の支持率が自民党を上回るなど、民主党優位が伝えられている。
 民主党の鳩山代表は「第1党で政権交代」を目標に掲げている。民主党は、衆院で過半数を制しても、参院で単独過半数を確保していないため、社民党や国民新党と連立政権を組むという。
 これで安定した政治を行うことができるのかどうか。
 一方、自民、公明の与党はこれまで、衆院の3分の2以上の多数による再可決で、「ねじれ国会」をしのいできた。今回の選挙で、これだけの議席を確保することは不可能だろう。
 いずれにしても、衆参両院による意思決定をいかに円滑に進めるかという難題が、政治に突きつけられることになる。

 ◆明確な国家像を示せ◆

 今、多くの国民は、不況に苦しみ、少子高齢化社会への不安を募らせている。対外的には、軍事大国化する中国や核武装を急ぐ北朝鮮など、我が国周辺の安全保障環境の悪化を懸念している。
 各党は、国民の不安解消に向けた処方箋(せん)を示す必要がある。
 今回も、政権公約(マニフェスト)が注目されている。
 確かに、政権公約で政策の達成期限や数値目標を示すのはいい。だが、より重要なのは、日本をどのような国にしていくのかという「国家像」の提示である。
 鳩山代表は、21日の両院議員総会で、「明治維新以来の官僚主導政治」からの転換を強調した。
 だが、「政治主導」を実践するといっても、官僚を説得して動かすだけの政治力が伴わなければ、混乱するだけだろう。
 民主党は、政権公約に「子ども手当」やガソリン税などの暫定税率廃止、高速道路の原則無料化などの政策を盛るとしている。

 ◆政策に財源の裏付けを◆

 だが、無駄遣いの排除などで、これらの財源を捻出(ねんしゅつ)できるのか、はなはだ疑問だ。
 岡田幹事長は「財源なくして政策なし」と語っている。民主党は、財源を明示し、国民の合点が行く政権公約を作り上げるべきだ。
 政権公約は、各党とも有権者の歓心を買うものになりがちだ。だが、そのツケはいずれ有権者に回る。大衆迎合的な公約を競うことは、避けなければならない。
 民主党は、インド洋での海上自衛隊による給油活動など国際平和協力活動に反対姿勢を示してきた。ただ、最近になって、鳩山代表は、給油活動を当面、継続する考えを表明した。
 政権交代を視野に入れ、外交の継続性から現実的方向に政策転換するのは当然のことだ。
 だが、社民党の福島党首は反発した。基本政策で隔たりがある社民党との連立政権は、極めて難しい運営を迫られるだろう。
 一方、自民党は、政権公約作りが遅れている。党内の混乱と政策上の路線対立からだ。一部に、独自の公約を掲げて選挙を戦う動きもくすぶっている。
 麻生首相は、21日の両院議員懇談会で、自らの失言や政策をめぐる発言のぶれについて、反省の意を表明し、東京都議選など地方選の連敗についても、陳謝した。
 遅すぎる。政策のぶれに関して謝るべき相手は、誰よりも国民であることを忘れてはなるまい。
 自民党にとっても、肝心なのは政策だ。世界同時不況の下で、政府・与党が打ち出した矢継ぎ早の経済対策の検証が重要である。
 首相は、衆院解散を決定した閣議で、「安心で活力ある社会を実現しなければならない」と決意を表明した。

 ◆「責任政党」が試される◆

 「責任政党」を標榜(ひょうぼう)するなら、消費税率引き上げなどについて、明確な方針を打ち出すことが必要だ。「4年間は消費増税しない」としている民主党との対立軸の一つになるだろう。
 各党は、事実上の選挙戦に入った。年金、医療など社会保障や、新たな日米関係をはじめ、対北朝鮮など安全保障問題についても、政策論を戦わせてほしい。
 自民、民主両党のどちらに「政権担当能力」があるかは、そこから自(おの)ずと見えてくるはずだ。
(2009年7月22日01時29分  読売新聞)
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 読売、産経両紙や自民、公明両党が盛んに言う「政権担当能力」「責任政党」については、次のエントリーでしっかり斬りつけるつもりですが、それにしても「何が何でも自民党」というこの両紙の社説を読むと、営々として築き上げられた権力/利権、体制維持装置のつながりの強さを感じます。

 これに対して、最近、当ブログで評価の高い(笑)東京新聞の社説を見てみましょう。

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 衆院が解散され8・30決戦へ事実上の選挙戦に入った。四代の自公政権の実績が問われる。国民にチェンジを求める声がある。焦点は政権交代か否かだ。
 気のせいだろうか。自民党席は半ばやけ気味、民主党側は笑みのこぼれる「万歳」に映った。
 戦後初の真夏の八月総選挙へ、候補者たちは全国へ散った。
 自民総裁の麻生太郎首相は党会合で、混乱を極めた自らの政権運営を謝罪。決戦前に辛うじて「一致団結」を演出した。民主の鳩山由紀夫代表は「革命的な総選挙だ」と決意表明した。
 政権交代が現実味を帯びている。「歴史的決戦」と銘打たれるゆえんかもしれない。

 小選挙区制度の「必然」

 前回二〇〇五年総選挙では、郵政民営化を唯一の争点にした小泉政権の劇場型手法が奏功し、自民は公明党も合わせて衆院勢力三分の二を超える圧勝を果たした。
 あれから四年。各種世論調査では、比例代表の投票予定先で、民主が自民を大差で圧倒する、かつてない現象が起きている。
 自公政治への忌避の空気に「政権交代」の旗を掲げる民主が後押しされる格好だ。郵政選挙から攻守ところを変えたといえる。
 追い風を受けると、思いも寄らない地滑り的勝利をもたらす。オセロ風ゲームのように。それが一人の当選者を決める小選挙区制の醍醐味(だいごみ)であり、怖さでもある。
 一九九六年に小選挙区比例代表並立制の総選挙が導入されて十三年。前回の自民圧勝劇と同様の結果が続いて起きるとしたら、それは制度がもたらす「必然」とも言えるのではないだろうか。
 長年政権の座にあった自民にすれば信じ難い展開に違いない。閣僚が発した「最悪のタイミング」との声が深刻度を如実に示す。
 争点は山のようにある
 「政権交代」の四文字が全国の選挙区で浸透しているのは、否定のしようがない。ただ、政権の選択は政策の選択でもあることを確認したい。争点は山ほどある。
 時代の転換点を思わせる荒波がいや応なく押し寄せている。
 加速が止まらない少子高齢化と光の見えぬ雇用情勢。外にはオバマ米政権誕生後の世界新秩序づくりの胎動。地球温暖化対策も喫緊の課題だ。
 どのような時代認識に立ち、どんな処方せんを講じるのか、各党はマニフェスト(政権公約)で明確に打ち出すべきだ。その答えは私たちが暮らす将来の国のかたちを示すことになるだろう。
 要は予算配分のあり方を変えるかどうかが争点なのだ。
 年金、医療、介護の社会保障政策や景気対策、格差是正などに世論の関心が高い。
 経済一本に絞ってきたという麻生自民は「安心と活力のある社会」づくりを掲げる。民主は「国民の生活が第一」と子ども手当や高速道路無料化を打ち出す。
 選挙目当てのバラマキならば、有権者に見透かされよう。
 自民は景気回復後に消費増税するという。党内には異論もある。合意事項なのか。バラバラの公約で有権者を欺くなら論外である。
 民主は税金の無駄遣い削減などで約十七兆円の財源を生み出すという。優先順位のつけ方次第で、しわ寄せが及ぶ分野も出よう。厳しい財政事情の下、四年間消費増税しないとの方針に裏付けはあるか。丁寧な説明が欠かせない。
 安保外交政策では、民主首脳は対米関係に配慮して、インド洋での自衛隊給油活動について即時撤収せず、当面は継続する、と軌道修正を示唆している。自衛隊海外派遣問題では社民党との関係も懸念材料だ。
 政権が近づけば現実路線へ傾斜する民主へ厳しい視線が注がれる。「政権党」の宿命でもある。
 何より、民主は政権を担当する力量があるのか、自民とどこが違うのか、有権者の不安や疑問を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。脱・官僚主導の政権構想もいまひとつ伝わらない。明確な青写真が必要だ。
 自民にしても、迷走続きの惨状が政権担当能力を疑わせた。弱体化する党の基盤をどう立て直すのか。あわせて小泉、安倍、福田、麻生と四代続いた「世襲政治家」政権の総括を、いいかげんに済ませてはなるまい。
 公明は低迷する自民との距離感に悩んでいる。共産、社民、国民新などの野党は存在感をどうアピールするかが課題となる。

 マニフェスト早く示せ

 政権選択の選挙戦は、お盆休みを挟んでの、四十日間の異例の長期戦となる。
 間延び感に流されず、全政党の政策をじっくり吟味したい。マニフェストを早急にまとめて判断材料を提示するよう政権を争う自民、民主に求める。歴史的一票を投じる有権者が待ち望んでいる。
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 本来、結果的に、ジャーナリズムは「行き過ぎを是正する」力を持つものです。ですから、時の権力者に対してより厳しくなるのは当たり前のこと。そうでなければ、存在価値がないのです。「日本にはまともなジャーナリズムがない」というのが私の見解ですが、こうした社説の姿勢を、仮に民主党が政権を取ったあとでも維持できれば、「木鐸」としての役割を果たすことができるでしょう。

 最後に毎日です。うーん、情緒的だ(苦笑)

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社説:衆院解散 総選挙へ=政権交代が最大の焦点だ

 衆院が21日解散された。衆院選は8月18日に公示され、同30日に投開票される。民主党を中心とする政権に交代させるのか、それでも今の自民・公明政権が続いた方がいいと考えるのか。有権者の選択が最大の焦点となる。戦後政治の大きな転換点となる選挙戦が事実上始まった。
 「昨秋解散しておけばよかった」と麻生太郎首相は後悔しているはずだ。毎日新聞の世論調査(18、19日)によると麻生内閣の支持率は17%で前月より2ポイント下落。自民党の支持率は18%で36%の民主党に大きく引き離されている。有権者の間には「一度政権を交代させてみたら」というチェンジ志向が確実に広がっていると見ないわけにはいかない。

 ◇結束にほど遠い自民

 衆院本会議に先立ち開かれた自民党の両院議員懇談会で麻生首相は「私の発言や『ぶれた』と言われる言葉が国民に政治への不安や不信を与え、自民党の支持率低下につながったと深く反省している」と語り、記者会見でも自身の「不用意な発言」や自民党の結束の乱れを挙げて国民にも陳謝した。しかし党内は結束とはほど遠い状態で、首相が陳謝しないと収まらないところに今の追い詰められた姿が表れている。
 圧勝した05年の衆院選から4年。なぜ、こんな事態に陥ったのか。
 郵政民営化のみを争点に掲げ、造反者の選挙区には「刺客」候補を送って注目された前回は、報道のあり方を含め確かに問題は多かった。ただ、反対を押しのけて進もうとする当時の小泉純一郎首相に多くの有権者が「政治が変わるのでは」と期待したのは事実だろう。
 ところが政治はさして変わらなかった。小泉氏は格差問題など「小泉改革の影」が表面化する中で改革の後始末をしないまま退陣。続く安倍晋三元首相は郵政造反議員を続々と復党させた。
 迷走はここに始まる。小泉改革路線を進めるのか、転換するのか。自民党は今に至るまできちんと総括してこなかった。そして国民に信を問うことなく次々と首相が交代し、場当たり的な対応をしてきたことが、現在の党内混乱の要因でもある。
 安倍氏は憲法改正路線に軸足を置いた。だが、その間に国民の暮らしに直結する「消えた年金」問題が深刻さを増して、07年7月の参院選で自民党は惨敗。その後、体調不良で突如辞任した。福田康夫前首相も1年で政権を投げ出した。そして、経済危機を理由に解散から逃げてきた麻生首相が今、低支持率にあえいでいる。漢字の誤読もあって「首相の資質」まで問われる有り様だ。
 だが、「人気がありそうだ」と首相を交代させ、その後は選んだ責任を忘れ支えようとしない自民党そのものに多くの国民は「本当に政権担当能力があるのか」と疑問を感じ始めているのではないか。今回の「麻生降ろし」に国民の支持が広がらなかったのはそのためだと思われる。

 ◇民主に問われるもの

 一方の民主党も政権担当能力と鳩山由紀夫代表の首相候補としての資質が当然問われることになる。
 「政治主導」をお題目に終わらせず、強固な官僚組織を変えられるのか。税金の無駄遣いをどこまで削れるか。子ども手当や高速道路無料化、年金制度の抜本改革は実現するのか。消費税率は4年間引き上げないというが、財源の手当てはできるのか。党としての統一感に乏しい安全保障政策はどうするのか。それらの疑問に具体的に応えるのがマニフェストだ。鳩山氏の政治資金問題もさらなる説明が必要となる。
 自民、公明両党はこれまでの実績を強調するだろう。だが、消費税率引き上げに関し、どこまで具体的に書き込むのかなどの課題が残る。自民党には反麻生勢力が独自のマニフェストを作る動きがあるが、これは政権公約とは言わないと重ねて指摘しておく。共産党や社民党、国民新党、新党日本、今後できるかもしれない新党も含め、大切なのはこの国をどんな形にするのかだ。未来に向けたビジョンを示してもらいたい。有権者の目は一段と厳しくなっている。何よりごまかさず、正々堂々と政策論争を戦わせることだ。それがむしろ支持を集める時代なのだ。
 自民党は93~94年の細川護熙、羽田孜内閣時代に一度野党に転落した。しかし、引き金になったのは自民党の分裂であり、93年7月の衆院選は非自民各党が「細川氏を首相に担ぐ連立政権を目指す」と有権者に公約して選挙を戦ったわけではない。つまり55年体制ができて以降、私たちは衆院選で有権者が投票によって選ぶという形では、政権与党と首相を交代させた経験がないのだ。
 そんな選択に初めてなるのかどうか。異例の長い選挙戦となるが、いずれにしても政治の行く道を決めるのは有権者=主権者だ。こんなにわくわくする選挙はないではないか。
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 さて、しばらくは選挙の話題になりそうです。

2009年7月 9日 (木)

本日の「怒」090708/やっぱり解散はできないだろうな。麻生首相のマンガぶりを手助けする民主党もどうかと思う


 サミット前の党人事と解散を封じられた麻生首相。今頃は、つかの間の主役気分を味わっていることでしょう。退陣確実の首相をサミットに送り出さねばならない哀しい国民としては、マンガ首相が余計な約束をひとつでもしないで「おとなしく」ご帰国願いたいと切に念じている次第です。

 さて、7月5日のエントリー(http://do-do-do.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/090705-5996.html)で東国原知事と橋本知事、そして自民党の「できレース」と断じた当ブログですが、あらかじめ書かれた台本すら演じることができない東国原知事と自民党の執行部のお馬鹿ぶりを、多くの国民は冷めた目で見ているようです(東国原知事の国政転身に8割が反対)。頭がまわる橋下知事だけは、民主党執行部との会談などをセッティングして、お馬鹿ぶりを露呈した東国原知事から距離をおけるように画策しています。

 そもそも、自民党や官僚にとっては、東国原氏の国政転身は願ってもないことでしょう。仮に、仮にですよ、総理になったら、官僚はやりたい放題です。それは、宮崎県のPR大使としてしか役に立っていない東国原氏の「実績」を見れば十分にわかります。氏は細かいことはわからないのですから、かけ声だけかけてもらって、裏で「しっかり」支える。官僚組織にとってこんなに素敵な総理はいないのです。

 現状の自民党を見る限り、東国原知事を「総裁に」という声が大きくなることはなさそうですが、国会議員になりたくてしかたがない東国原知事が条件のバーゲンセールを始めたようなので、衆議院議員選挙に出ることは既定路線になりつつあります。あとは、「決める決めない」でごたごたと決定を長引かせ、その間にマスコミの注目を集めておくことが、自民党にとっても東国原知事にとっても一番重要なことですね。

 さて、一方の麻生首相ですが、報道を見ると「解散する/できない」の両方の見方にはっきり分かれているようです。「解散できない」派の根拠は、三木武夫元首相が閣僚の反対で解散を断念せざるを得なかった例を挙げて、「優柔不断な麻生首相では、解散反対の党内世論を押し切ってまで解散権を行使することはできないだろう」というものです。この読みの背景には、「いくらなんでも麻生首相もそこまで阿呆ではあるまい」という見方(期待?)があります。自爆するかのごとく解散権を行使してしまえば、麻生首相もろともに自公政権が潰れてしまうことが明らかだからです。

 一方「解散する」派は、「祖父が封じられた解散権を意地でも行使するだろう」という見方(あきらめ?)がその根拠のようです。これまでの数々の常軌を逸した言動から、「阿呆首相ならやりかねない」と思ってしまうのでしょう。「ひょっとしたら、自分が先頭に立って選挙を行なえば、勝てないまでも大敗はしない、と思っているかもしれない」という危機感の表れでもあります。

 私は、さすがに麻生首相はこのままでは解散しないだろうと思います。いくらなんでも、そこまで「阿呆」じゃないでしょう。あるとすれば、不信任案を否決して、自民党の議員が自縄自縛に陥った時のみだと思います。もちろん、時期は少し遅くなるでしょうが。

 さて、麻生首相での解散が大歓迎のはずの民主党ですが、相変わらず腰の定まらない対応をしています。解散しない口実にさせないため、といって法案を次々に通している割りには、麻生首相での解散の近道になる内閣不信任案の提出を渋っています。「不信任案が可決したら、解散をしないで総辞職しかねない」というのがその理由ですが、これは二重の理由で誤りだと思います。

 まず第一に、筋論があります。これまで麻生首相がやってきたことは、ここ数人の総理に比べても「不信任」に十分値するものだと思いますが、民主党はそのように考えていないのでしょうか。

 現実問題としても、自民党と公明党からそんなに造反者がでるでしょうか。どうしても麻生首相で選挙をやりたくないと思っている自民党の衆議院議員は多いと思いますが、不信任案で造反することは、とてもハードルが高いはずです。仮に不信任案が可決して麻生首相が総辞職したとしても、決め手となる総裁候補がいない自民党が内部でごたごたするのは目に見えています。

 確かに、都議選で自民党が大敗し、麻生首相が政権を放り投げてしまうと、恐ろしい事態が起こるかもしれません。与党少数となった石原都知事が嫌気がさして都知事を辞め、橋下大阪府知事と連合を組んで自民党の補完勢力として衆議院議員選挙に立つ。自民党は、当然、石原氏を東京の比例1位、橋下氏を近畿の1位で、東国原氏を九州の1位で処遇し、「当選後は石原総理、橋下幹事長、東国原総務大臣」としてでも手形を切る。身の毛もよだつような恐ろしい組み合わせですが、こうなるとメディアは完全に「ジャック」されてしまうでしょうから、自民党が大勝することもない話ではありません。

 いかん。書きながら、自分で言っていることが恐ろしくなってきました・・・こんな組み合わせが実現してしまったら、恐ろしい世の中になりそうです。さすがに起こりえないことだとは思いますが・・・

 やっぱり、麻生首相には頑張って解散権を行使していただきたいです・・・それが、麻生首相が、国民のこの国の将来にとって唯一の「功績」を残せる最後のチャンスです。

2009年7月 5日 (日)

本日の「怒」090705/茶番劇でも繰り返されればそれなりの影響力があるのが怖い/東国原知事と橋下知事のもくろみ


 自民党が東国原宮崎県知事に振り回されているように見えます。このままでは政権与党から転落必死の自民党がなりふり構わず人気取りに走っていることを考えると、東国原、橋下両知事と自民党の「できレース」の匂いが漂っています。「淫行/暴行」知事と「売春ツアーはODA」知事による、自民党巻き返しのための「やらせ」だとしか思えません。

 橋下知事の最近の発言を見ると、「政策を見て支持政党を決める」ようなニュアンスがありますが、これは明らかに「嘘」です。「産經新聞だけが唯一まともな新聞」と宣う橋下知事の民主党嫌いは有名で、よもや「地方分権」だけで民主党にすり寄る可能性はありません。それを隠して「支持政党をはっきりさせる」という方向で首長会をまとめようとしている知事は、さすがに「頭の切れる」策士です。正義派ぶっていても、パチンコの詐欺師軍団(梁山泊)と交遊し、商工ローンの顧問弁護士を平気でできるマキュアベリストですから、何をするのかわからない恐ろしさがあります。

 これに比べると、東国原知事は猿芝居が見え見えです。知事としての実績は宮崎県のアピールだけですが、そのインパクトの強さで今だに驚異的な支持率を得ていることを勘違いしたか、自分が動けばこの国の政治がなんとかなるとでも思っているかのようです。「総裁にしろ」は驚きましたが、もちろん、ハードルは下がるに決まっています。とにかく目立ちたい、権力が欲しい、というだけの自己顕示欲しか感じられません。「総裁候補にすること、知事会の主張を一言一句変えずに公約にすること」と掲げていた当初の主張が「大臣になるということは、総裁候補になるということでしょ?」と訳のわからないことを言い出したりもしています。

 このような状況で心配なのは、マスコミが視聴率欲しさにこの二人を追いかけ回してしまうことです。というか、すでになっている。小泉郵政選挙をみるまでもなく、マスコミが報道すればするほどこの二人に対する支持が増えるでしょう。郵政民営化が何をもたらすのか、規制緩和が何をもたらすのか、きちんと考えずに自民党に300議席を与えた結果がどうなったか。マスコミが無批判に東国原、橋下両知事の動向を垂れ流し続ければ、将来、大きな後悔をしなければならない結果をもたらすことは間違いありません。

2009年7月 1日 (水)

本日の「怒」090701/言論の自由のはき違えと「核廃絶」の嘘


 来月6日の広島原爆記念日に、日本会議広島が企画している田母神氏の講演に対して、広島の秋葉市長が講演会の日程変更を要求しました。

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田母神氏の「原爆の日」講演に広島市長が「待った」
2009.6.29 21:45(産經新聞)

 懸賞論文への投稿が発端で更迭された元航空幕僚長、田母神俊雄氏を原爆記念日(8月6日)に広島市に招き開催予定の講演会について、同市の秋葉忠利市長が、被爆者や遺族の悲しみを増す恐れがあるとして日程変更を29日、文書で要請した。主催者側は予定通り実施する構えだが今後、憲法の「集会の自由」が脅かされ、「言論封殺」と批判された“田母神事件”が再燃する恐れも出てきた。
 この講演会は日本会議広島などが計画した「ヒロシマの平和を疑う~田母神俊雄氏が語る、広島発真の平和メッセージ」。5月に中国の核実験の被害をテーマに講演会を開催。日本が唯一の被爆国でなく、共産圏の核に日本の反核団体が寛容であることへの疑問を踏まえ、いかに核の惨禍を回避するか--として同氏の講演会を企画したという。
 秋葉市長名で田母神氏らに届いた文書では「貴殿が何時何処で何を発言するかは自由で当然の権利」としながらも、(1)8月6日は市内が慰霊と世界の恒久平和への祈りで包まれる(2)田母神氏がこうした演題で講演するのは被爆者や遺族の悲しみを増す結果となりかねない(3)原爆記念日の意味は表現の自由と同様に重要-などを市の立場として日程変更を検討するよう求めた。
 主催者側は、これまでも講演会のチラシ配布を市の外郭団体に依頼したが、市の政策方針に反するなどとして断られた、としており「私達は市長以上に核廃絶を願っている。北朝鮮や中国の核実験が問題になるなか、真の平和のためどうすればいいのか、という趣旨の講演会がなぜふさわしくないのか全く理解できない」と話している。
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 産經新聞の報道には、大切な点が抜けています。それは、田母神氏が「日本は核武装すべきである」と、各種の講演会やインタビューで一貫して述べているということです。こうなると、日本会議の「私達は市長以上に核廃絶を願っている。」という中身が一体なんなのか、ということを明らかにする必要があるでしょう。

 日本会議のウェッブサイトには、田母神氏の投稿がありますが、そこで氏は「日本も攻撃能力をもった完結した国防体制をつくらなければなりません。巡航ミサイルなどを装備して、「撃ってみろ、そしたらうちも撃つぞ」という構えが軍事の基本じゃないでしょうか。政治がやるべき決断をしないから、国家国民を守る体制がいつまでもできないのです。」と述べています。もちろん、講演ではこうした田母神氏のポリシーに基づいたお話があるはずです。日本会議が「核廃絶を願っている」のであるなら、まさか「撃ってみろ、そしたらうちも撃つぞ」という脈絡を、「核兵器を撃たれたら通常兵器でお返しする」とでも理解しているのでしょうか?

 もちろん、そんなことはありません。日本会議の言う「核兵器廃絶」とは、「北朝鮮の核や中国の軍拡がある。これらの脅威に対抗するためには、日本も核武装をして対抗することによって、相手に対して核兵器の使用を思いとどまらせ、そして核を減らしていく」という意味なのです。もちろん、このくだりで強調されるところは、「廃絶」ではなく「武装」の部分でしょう。

 日本会議がこれまでに行なってきた活動には、「有事立法」「国旗国歌法」「外国人参政権や夫婦別姓に対する反対」など、「いかにも」というものが並んでいます。基盤となった「日本を守る国民会議」は、加瀬俊一、黛敏郎などの軍国主義右翼によって作られたもので、現在の日本会議も、安倍元首相、平沼赳夫、中川昭一、高市早苗などの自民党右派議員や松原仁民主党衆議院議員などの「ウルトラタカ派」の活動を支援しています。

 こうした人たちの共通点は、「他人を思いやる心の欠如」と「人の痛みを理解する想像力の欠落」です。広島で核武装論者の講演会を、しかも原爆記念日に行なうことが「平気」な神経は、とてもではありませんが理解できません。

2009年5月28日 (木)

本日の「怒」090530/世襲制度の禁止というごまかし


 民主党の「三親等以内の親族が連続して同じ選挙区から立候補することを禁止する」という方針に対抗したのでしょうか、自民党が泥縄式に「世襲の規制」を言い出しました。次回の衆議院議員選挙では、話題の小泉首相の息子が公認されないそうです。自民党はこれまでも「めくらまし」をよくしてきましたが、これほど有権者を愚弄した話もないでしょう。呆れるとともに、これが「自民党の断末魔」になるなら、まだ日本の政治も良くなる可能性が0.1%くらいは残されているかもしれません。

 選挙に当選するためのポイントが「地盤、看板、カバン」とよく言われますが、支持者の名簿と選挙資金(特に選挙資金が入ってくるルートの確保)は、選挙の洗礼を受ける政治家にとって重要なものです。世襲すると「ばかぼん」でも当選できるのは、この名簿と資金をそっくり引き継げるからなのです。個人が持っている財産は息子が引き継げば当然相続税がかかりますが、政治団体が持っている(ことになっている)政治資金については、息子であろうと孫であろうと、そのまま無税で引き継がせることができます。

 仮に「世襲をしにくくする」ことが本気であれば、政治団体を引き継げないようにすべきでしょう。やり方は簡単です。議員は、自分が責任者である政治団体以外の資金を使えないことにして、他の政治団体からの寄付は禁止。そして、議員が職を辞す時には、余ったお金は返却するか、国庫に入れれば良い。もちろん、自民党の中からこうした本質的な世襲制限の声は全く聞こえて来ません。

 もちろん、民主党の世襲制限も中途半端です。「同一選挙区からなら無所属で立候補しても党員には永久になれない」くらいのことをやらないとダメ。もちろん、自民党ほどではないにしても、鳩さんや元政調会長をはじめ、世襲議員がたくさんいる民主党には、そんな厳しい規制をする気はさらさらないでしょうが。

 小泉ジュニアは、自民党の支部長のまま(自民党あての寄付が自由に使える状態)で、「無所属で」立候補して選挙戦を「闘う」そうです。そして当選後は、当然「追加公認」になるらしい。「偉大なるイエスマン」武部元幹事長は、「無所属で闘うことは止められないし、それはそれで大変なことなんだ」と記者相手にまくしたてていましたが、本気で思っているのなら冷静に話せたでしょうね(苦笑)。落選したときの比例区での救済は確かにありませんが、小泉ジュニアが落ちるとは思えません(ああ、息子だからといって無批判に投票する馬鹿有権者がどれだけ多いことか・・・)。


2009年4月14日 (火)

本日の「怒」090414/どうせ「意見を聞いた」という形を作るためだろうが・・


 麻生首相の肝いりで集められた「安心社会実現会議」とやらの初会議がありました。メンバーを見ると・・・あーあ。例によって、読売新聞が大はしゃぎです。

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安心社会実現会議」初会合の要旨

 13日開かれた政府の有識者会議「安心社会実現会議」の初会合での主な発言は次の通り。

 ◆麻生首相 個別の施策にとどまらず、日本が目指すべき国家像について議論していただきたい。
 ◆与謝野財務・金融・経済財政相 超然たる立場から自由な議論をお願いする。特定の政党や内閣の立場、利害をおもんぱかる必要はない。
 ◆伊藤元重・東大教授 日本では、(高齢者が)個人金融資産を死ぬまで増やし続ける傾向があり、将来不安から過度に防衛的になっている。高齢化社会を迎え、安心して生活できることを基本として、税体系と歳出体系を考える必要がある。
 ◆高木剛・連合会長 日本は世界に冠たる雇用社会で、雇用労働者の不安が増せば、社会全体に波及する。雇用を中心に社会の安全安心のためにどうすべきかを議論してほしい。
 ◆日枝久・フジテレビジョン会長 グローバル・スタンダード(世界標準)を急ぐあまり日本的価値、文化、誇りを否定してきた。日本らしい品格を保ちながら、他人の痛みの分かる希望が持てる社会を実現すべきだ。
 ◆武藤敏郎・大和総研理事長 民でできることは民でというだけでなく、公がやるべきことを積極的に定義し直すべきだ。小さな政府よりも、機能する政府かどうかが重要だ。
 ◆渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長・主筆 高齢者に偏在する高額な貯蓄を引き出し、社会的弱者のためや景気振興に使わないといけない。提案している(利子が付かない代わりに相続税がかからない)「無利子非課税国債」は金持ち優遇と言われるが、金持ちが利得するものより、社会的弱者を助けることに役立つ額がはるかに大きい。大きな政府も小さな政府もダメで、中間規模の政府が必要だ。どういうものかイメージをはっきりすべきだ。
(2009年4月14日00時37分  読売新聞)
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 この新聞、ナベツネさんの主張を唯一絶対の真理として広めること以外に興味がないのでしょうか。上の記事はネットのものをそのまま載せたのですが、少なくとも報道機関たるもの、自分の社主だけ長文で取り上げるのは・・・と思いませんか?

 しかし、読売新聞はこれが方針なんです。

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読売信条

読売新聞は
責任ある自由を追求する。
個人の尊厳と基本的人権に基づく
人間主義をめざす。
国際主義に立ち、日本と世界の平和、
繁栄に貢献する。
真実を追求する公正な報道、
勇気と責任ある言論により、
読者の信頼にこたえる。
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 報道機関の綱領にありそうな「不偏不党」はどこにも見当たらず、「勇気と責任ある言論」と掲げられているのです。そして、その「勇気と責任ある言論」とは、渡辺主筆の方針なのです。以下は渡辺主筆のメッセージです。

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渡辺主筆メッセージ(ウェッブから)

 新聞の最大の使命はニュースを迅速、的確に報道することですが、政・財・官界がリーダーシップを喪失してしまった混迷の今日では、多種多様な議論を整理し、日本が進むべき道筋を明確に示して行く責務も求められています。読売新聞はその点でも、勇気を持って日本のジャーナリズムをリードして来ました。私たちはつねに国際的視野から、日本と世界の平和と繁栄に寄与すべく、果敢な提言を続けています。
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 この視点からありがたくも渡辺主筆が述べられた「無利子非課税国債は金持ち優遇と言われるが、金持ちが利得するものより、社会的弱者を助けることに役立つ額がはるかに大きい。」の部分、おそらく「無利子非課税国債は金持ち優遇ではなく社会的弱者を助ける額が遥かに大きいという意見も委員から強く出された」というように利用されるのでしょうね。しかし、どこをどう考えたら無利子非課税国債が社会的弱者の役に立つ額が大きいと言えるのでしょうか。じっと10分ほど考えてみたのですが・・・どなたか教えて下さい。

 さて、気になるメンバーです。

 東大教授 伊藤元重
 三菱商事社長 小島順彦
 連合会長 高木剛
 前検事総長 但木敬一
 トヨタ自動車会長 張富士夫
 電通最高顧問 成田豊
 フジテレビジョン会長 日枝久
 前総務相 増田寛也
 北大教授 宮本太郎
 大和総研理事長 武藤敏郎
 国立病院機構理事長 矢崎義雄
 東大教授 山内昌之
 薬害肝炎全国原告団代表 山口美智子
 東大教授 吉川洋
 読売新聞グループ本社会長・主筆 渡辺恒雄

 ひとりずつ、チェックしてみましょう。このメンバーで「安心できる社会」が実現できるでしょうか。

 伊藤教授はこの手の会議にはよく顔を出します。(学者と言うよりは財界人との交流に熱心な方のようにお見受けします。)マスコミにも出まくっているので、みなさんも見たことはあるでしょう。特に税調の委員になってからは、その「お高いセンス」が発揮された発言が報道されています。去る3月にも、「経済危機克服のための有識者会合」でも贈与税の期限付き無税化(減免、じゃなく、無税です!!)を主張しました。まさに安心して生きてこられた代表格でしょう。

 三菱商事の小林社長は、何年か前に経済同友会の代表幹事に有力視された、という記事を目にしたことを覚えているくらいで、特にわかりません。(でも、なんで桜井氏に負けたのだろう・・)でも、商事の社長ですから、安心して生きて来た方だと思います。

 連合の高木会長。連合というと「労働者の味方」という漠然としたイメージをお持ちの方も多いと思いますが、高木氏は以前から、労使協調・憲法9条改正を主張して来ました。企業が繁栄してこそ労働者に利益があるという考え方を持っていて、非正規雇用や残業についても企業よりの見解を繰り返し発言していました(現在は若干修正していますが)。出身のゼンセン同盟は、以前に「国防意識があれば徴兵制反対とは簡単に言えないはず」という見解を表明しているほどの「タカ派」であり、本質的には弱者の味方ではありません。労働団体の代表が入れば「各界の意見を聞いた」と言える訳で、まさにピッタリの人選です。労働運動というと「権力と闘う」イメージがあるかもしれませんが、この方は外交官の経験もあり(ということは、政府の方針にとって都合がよいということ)、まさに安心して社会を生きて来た方でしょう。

 但木敬一氏は検事出身の弁護士ですが、法務省勤務が長い「キャリア」です。まさに今の安心して暮らせる社会を作った側の1人です。

 張富士夫氏は、言わずと知れた日本一の企業、トヨタの社長を務めた方です。「非正規労働者カッター」御手洗経団連で、その副会長として、安心して企業が活動できる社会を作るために日々邁進しています。

 成田豊氏は「電通の天皇」と呼ばれている実力者。現在の韓国生まれで、日韓交流に熱心な方です。某巨大掲示板では売国奴扱いのようですが(苦笑)、もちろん、現在に日本に反映と安心をもたらした日本の産業界の顔のおひとりです。顧問に中曽根康弘元首相を招き、安心して暮らせる軍事大国を目指している(かどうかは知りませんが、中曽根氏を招いたのは事実)のでしょうか。

 日枝久氏は、ホリエモン騒動のときに全国に顔と名前が売れました。前会長の鹿内春雄氏に取り立てられたのですが、後に鹿内家を追い出す「クーデター」を断行したことはあまりに有名です。そのバイタリティは、編成の陣頭指揮をとったときに「面白くなくちゃテレビじゃない」(だったっけ?)をキャッチフレーズに、軽チャー路線を推進して一億総「おばか」化の先頭に立って闘って来た方です。やはり安心できる社会でなければ楽しくありませんよね。

 増田寛也氏は、岩手県知事や総務相を歴任した政治家です。建設省のキャリアから政治家に転出するという「定番ルート」で当選したにもかかわらず、「改革派知事」の一翼を担ってきました。知事時代には強力に公共事業を推進し、その後財政改革をして福祉支出に大鉈を振るうなどの方策で支出を減らして財政再建を達成するという功績を上げました。もちろん、公共事業は単年度で終わるものではなくその維持にも莫大な予算が必要で、最初に作ってしまわないと作れなくなるという危機感があったのでしょう。この点だけは思惑通りの結果にはなったもの、県知事としての理念としての改革は、結局完全にかけ声倒れに終わりました。あとで出来なくなることは先にやる、というその理念は、先に安心を創り出してくれるこの会議にうってつけの人材です。

 宮本太郎氏は・・・何故選ばれたのかよくわかりません。スウェーデンが専門の福祉学の専門家です。スウェーデンの「高負担」のところだけを取り込むための人選か、と勘ぐってしまいます。政治がスウェーデンのようになってしまったら、すべてを明らかにしなければならない政治家は安心して活動できなくなるからです。

 武藤敏郎氏については、昨年日銀の人事問題で盛んに報道されましたから、皆さんもよくご存知でしょう。バリバリの大蔵省キャリアで事務次官を務めています。日銀の副総裁人事(もちろん、そのあとの総裁を見据えた人事)が話題になった時には、「あの」御手洗経団連会長が「この人しかいない」と評価した人物です。もちろん、日本経済にとってこんなに安心感を与えてくれる人はいないでしょう。

 矢崎義雄氏・・・すみません。全く知らない人です。

 山内昌之氏も、政府の「委員」によく登場するお名前ですね。ただし、どんな主張を持っている人なのかは詳しくありません。政府の委員をあれこれとやっているのですから、私のように安心を作れない人とは違うとは思いますが。

 山口美智子さんは場違いな感じがします。これまで厚生省/厚労省は国民の安心を向上させる施策を行なってきました。それに対して訴訟だなんて・・・は、さておき、恐らく大変な苦労をされることになると思います。弱者のことなど考えない輩が周りにいる中で、どれだけ意見を述べることができるのか。答申に果たしてどのような結果をもたらすのか・・・「薬の通販禁止」などでお茶を濁されるのでは・・・

 吉川洋氏は、社会保障国民会議の座長を務めています。国は、「100年安心」できる年金の見通しをつい2ヶ月前に発表しています。(国家的詐欺はいつまで続く・・・)もちろん、こんなに国民に安心感を与えてくれる人選はないでしょう。

 そして、本日の主役、渡辺恒雄氏です。日本一の部数を誇る大新聞の主筆として、昼は政府の会議に、夜は自民党幹部との会食に忙しく動かれています。この人こそ、国民に安心をもたらす主張をとなえ続けている偉大なヒーローなのです!!

 どうですか、この人たちにまかせていれば、安心できるバラ色の未来が見えて来たでしょう!!

 いかん・・・洗脳されて来たかもしれない(爆)

2009年3月12日 (木)

本日の「怒」090311/政治家に求められるものはたんなる評論ではないのです


 巷で評価の高い与謝野三冠大臣が、昨日の国会でこんな発言をしました。

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(3月10日付NHKニュース)
 与謝野財務・経済財政担当大臣は参議院予算委員会で、小泉内閣での政府系金融機関の民営化などの政策金融改革について、「不況が来ないことを前提とした制度論で、まちがいだったと思っている」と述べ、当時の改革は誤りだったという認識を示しました。

 この中で、与謝野財務・経済財政担当大臣は、政府系金融機関の民営化などの政策金融改革について、「当時は、世界が順調に成長していくという前提の経済学であり、世界が同時に不況になることをまったく想定していなかった。日本政策投資銀行などを民営化し、政策金融機関を不要だとしたのは今回のような不況が来ないことを前提にした制度論で、まちがいだったと思っている」と述べ、当時の改革は誤りだったという認識を示しました。政策金融改革をめぐっては、行政改革の一環として、平成17年12月に、当時の小泉内閣で、8つあった政府系金融機関を統廃合することなどを閣議決定し、去年、4つの機関が統合した「日本政策金融公庫」が発足しています。また、与謝野大臣は、消費税率の引き上げについて、「3年後にお願いすると言っているが、『景気回復後』という、きわめて厳しい条件がついており、そう簡単に国民にお願いできる条件が整うとも思っていない」と述べ、税率引き上げの前提となっている平成23年度までの景気回復はきわめて難しいという認識を示しました。
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 当ブログでは、2月26日付のエントリーですでに取り上げましたが、与謝野大臣の評価が高い理由がさっぱりわかりません。言っていることは、財務省の望む方向に従っているだけで、信念のかけらも感じられないからです。小泉政権時代にも決して「変節」していたわけではなく、基本的には財政再建路線を新自由主義の中で実現しようとした財務省の「いいなり」だっただけなのです。

 今回、与謝野大臣は「過去の政策が誤りであった」と述べましたが、結果を見てとやかく言うのでは、評論家に過ぎません。政治家に取って本当に必要な資質は、将来を展望する能力とそれを実現する意思力でしょう。小泉/竹中路線が将来を「自分勝手に」描いてみせることで国政の方向を誤らせたことはすでに実証されました(こんなに早く結果が出るとは私も思っていませんでした)が、国を誤って導かないにしても、政治家が単なる評論家に堕してしまっては、存在価値はありません。

 昔の自民党の政治家には「評論家ではない」という「矜持」があった人が多いように思います。もちろん、誤った方向に進んだことや、人間としての資質すら疑われるような政治家が多かったことも確かですが。最近の政治家を見ていると、自分が政治家をやっているという満足心以外に何かをもっているのだろうか、と疑わざるを得ない人が多いのです。こういう人たちに「導かれる」ことの不幸は、改めて言うまでもないでしょう。

2009年3月 4日 (水)

本日の「怒」090304/国策捜査であろうとなかろうと、ダメなものはダメ


 小沢民主党代表の公設第一秘書が逮捕されました。定額給付金の再議決の前日を選んだこの強制捜査は、あきらかに法相サイドからの指示(圧力)による国策捜査でしょう。政治家の汚職事件は、「政治資金規正法違反」などの別件から入るのが常道ですが、それにしても、「不実記載」でいきなり強制捜査というのは過去に例がなく、特捜部の「意図」を感じます。権力を持つものの力の使い方として、よき「悪例」となったと思います。

 しかし、私としては小沢代表や民主党の主張にはまったく与することができません。

 今回の強制捜査に当たっての論点は、「違法性の認識」です。西松建設が集めた金をプールした政治団体から小沢氏側にわたったお金が、西松建設という「法人」が実質的に負担したものであることを知っていたか/いないか、という点が問題になるわけです。朝のテレビでは、「小沢氏の懐刀」と言われた平野貞夫氏が「献金先にどのようなお金かを問いただすことなどできない」と言っていましたが、そんなことがあるわけがない、というのが「普通の」感覚でしょうね。平野氏が言う通りだとしたら、問題の政治団体に寄付した人は「だれだかわからなくていいから使って下さい」という奇特な人たちばかりになってしまいます。そんなお金が何千万円もあると思えるのであれば、そもそも政治家として、いや社会人としておかしいでしょう。小沢代表はくだんの政治団体からの寄付が西松建設からのものであることは「知っていた」はずです。それを形式的に逃れていた、というだけのことでしょう。

 この手法、実は以前から取りざたされていたものでもありますし、類似品(政治団体のようなものをフィルターにした脱法型の政治資金集め)もたくさんあります。だからといって、こうした献金が許されるものではありません。ましてや、西松建設が東北地方で公共事業の受注を繰り返していたような事実がでてくれば、アウトです。

 小沢氏は、錬金術を故金丸副総理から学んだと言われています。もちろん、金丸氏の失敗も目にしているでしょうから、自宅に金塊をおいておくようなへまはやらないでしょう。より「洗練された」集金システムを持っていると思われますが、それにしても以前からさまざまな噂が絶えなかった政治家です。私としては、「塀の向こうに落ちない政治家の1人」という目で見ていましたから、今回のことは別に驚きでもなんでもありません。

 捜査自体が政治的思惑で行なわれたとしても、小沢代表の本質がある意味で明らかになったことは悪くないでしょう。「小沢王国」と言われる政治力を持つに至った過程では、さまざまな「きたないこと」もしてきたはずです。日本の政治がこういう人たちによって動かされていることには暗澹たる気持ちになりますが、政治ウォッチを初めて40年間の自民党政権でこういう姿を見続けて来た身としては、あきらめの境地に達していることでもあります。汚いことをやるのであれば、せめて、少しでもまともな政治を行なってほしい。

 小沢代表はおそらく辞めることになるのでしょうが、辞めないで選挙に突入してほしいですね。そして自民党に勝ち、「こんなに汚い男が代表でも、それに負けてしまうくらい、近年の自民党のやって来たことはデタラメだった」と、証明してほしいと念じています。

2009年2月26日 (木)

本日の「怒」090226/与謝野さん、今、それを言いますか?


 24日の衆院金融委員会で、与謝野「トリプル」大臣が「会社が株主のもの、という考え方はなじまない」という発言をしました。同時に、小泉・竹中路線の骨格である「トリクルダウン理論」を否定し、雇用における「構造改革」を批判しました。野党や一部の専門家には受けが良いようですが、「今さら何を言うの?」と思ったのは私だけでしょうか。

 与謝野氏のこれまでの職歴を見てみると、小泉政権下で政調会長として郵政民営化などの構造改革路線を押し進め、第3次小泉内閣では金融・経済財政政策担当大臣を務めています。つまり、与謝野氏はこれまでの小泉・竹中路線を押し進めて来た張本人なのです。

 与謝野氏に対する報道については、大きな違和感があります。「財政再建論者」「当初は竹中路線には批判的だった」などの報道の中身には、「賛美」が含まれているように感じられます。国会の内外で、小沢民主党党首や菅副代表にとどまらず、社民党の辻元議員までが与謝野氏を持ち上げています。しかし、与謝野氏はそんなに能力があり、信頼に値するのでしょうか。

 もともとが、中曽根/渡辺読売会長の引きで政界入りした与謝野氏ですから、つながる人脈はここから派生しています。渡辺読売会長が画策した一昨年の「大連立」に続いて、なんとか自民党政権を存続させたい勢力にとっては、小沢代表とも親交がある与謝野氏は、かっこうの人物なのでしょう。しかし、言っていることの変遷を見ると、この人に思想も信念もなく、経済状況を見抜く力も、政策立案能力も何もないことがハッキリしています。

 リーマンショックの時には、「日本の経済は蜂に刺された程度」という大バカ発言をしたことは記憶に新しいことでしょう。それを修正するのに「見通しが甘かった」ではなく「蜂にもいろいろある」と誰かさんのような発言をしたことで、この人の「プライド」が見えます。得意の「財政再建論」でも、大蔵省(財務省)の主張をそのまま垂れ流しているだけ。このご時世に消費税の増税を叫ぶのは、自らの力を誇示したい財務省の思惑通りでしょう。

 小泉政権時代は、もちろん「持論」を引っ込めて、小泉・竹中路線の実現に邁進していました。「反対した」「注文を付けた」という報道は何度か見た覚えがありますが、それとて財務省の主張とほぼ同じだったように記憶しています。結局は竹中路線をしっかり実現する側に廻ったのですから、いまさら「竹中路線は問題」と言っても・・・麻生首相の「郵政民営化には反対だった」と同なじ精神構造から発せられた発言としか思えません。

 発言の中身には、大いに共感します。株式会社は、法的/構造的には株主の所有物です。しかし、その活動が国家によって守られている以上、国民すべての監視の目が必要なのは明らかです。株主だけが利益を受ける活動が正しいとするのであれば、その活動に国家は莫大な税金をかけるべきでしょう。トラック1台走らせるのであっても、税金で作った道路を通行する通行税を取るべきです。そんなことをしないのは、会社という存在が社会的な責任を果たしているという前提があるからです。それをわすれて「儲けたもの勝ち」になれば、ホリエモンやリーマンの前CEOのような「恥知らず」が量産されることになるのです。

 しかし・・・この人に言ってほしくなかったですね。

2009年2月24日 (火)

本日の「怒」090224/国家的詐欺はいつまで続く・・・


 今朝の新聞を見ると、各紙とも年金についての報道があります。まず、論評抜きで各紙を見ていただきましょう。

 まずは、麻生下しで自民党政権の存続を願う読売新聞です。

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年金、2038年度以降「現役所得の5割」…厚労省が検証

 厚生労働省は23日開かれた社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の年金部会で、5年に1度実施する公的年金の財政検証の結果を提示した。
 現役世代の手取り収入に対する厚生年金の給付水準(所得代替率)は2038年度に50・1%となり現在より約2割低くなるが、それ以降は固定されると試算し、04年の年金改革で政府・与党が公約した「現役世代の5割確保」は辛うじて達成できるとしている。
 04年の年金改革で導入された財政検証は、長期的な年金財政状況の見通しを把握するため、5年に1度実施するとされている。
 検証では、夫が平均収入(手取り月35万8000円)の会社員、妻が専業主婦の「モデル世帯」の09年度の年金給付額を月22万3000円と設定し、出生率や賃金上昇率などを組み合わせた9ケースについて、将来の給付水準を試算した。
 このうち、「合計特殊出生率1・26」「賃金上昇率2・5%」「積立金の運用利回り4・1%」などを条件とした「基本ケース」では、38年度の現役世代の手取り収入71・6万円に対し、モデル世帯の年金給付額は35・9万円になると推計した。所得代替率は09年度の62・3%から段階的に低下し、38年度には約2割減の50・1%となり、39年度以降はこの水準で固定される。
 給付水準の低下は、少子高齢化という構造的要因に加え、04年の年金改革で導入された給付抑制策が12年度から発動されることなどが主な理由だ。出生率などの条件を最も厳しく設定した場合の所得代替率は、48年度に43・1%、逆に最も楽観的な条件設定では32年度に54・6%でそれぞれ固定されるとしている。
 今回の検証は、基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げることが前提。実現できない場合は、27年度に国民年金の積立金が枯渇するとの見通しを示した。
(2009年2月24日03時11分  読売新聞)
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 続いて、日経。

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30年後、年金給付2割目減り 現役収入の50% 厚労省試算(日経)
 厚生労働省は23日、5年ごとに実施する公的年金の財政検証の結果をまとめた。年金財政の悪化を受けて、現役世代の収入に対してどの程度の年金をもらえるかを示す割合(所得代替率)を段階的に引き下げることを想定。最も基本的なケースでは、2009年度の62.3%から2038年度以降は50.1%に低下し、約20%目減りすると試算した。所得代替率は政府目標の50%を維持できるものの、最終的な低下幅は5年前に想定した約15%より拡大する。
 同日の社会保障審議会年金部会に報告した。所得代替率は現役世代(男子)の平均手取り収入に対し、65歳時点の年金がどれだけの比率に達するかを示す。
 04年の年金改革では保険料(09年度で15.704%)を17年度まで段階的に引き上げ、上限(18.3%)で固定することを想定していた。夫が40年間勤務した会社員、妻が専業主婦の標準世帯では給付を抑制しても、2023年度以降は下限の50.2%で下げ止まると試算し、与党は「100年安心」とうたった。(00:35)
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 最後に、「ネットウヨ」に指弾されている「アカヒ」です(笑)

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30年後、厚生年金給付2割減 政府見通し、年収の5割 2009年2月23日23時19分(朝日)

 公的年金制度を維持するには、65歳以上の高齢者が受け取る厚生年金の水準を段階的に引き下げ、2038年度以降は現在よりも20%低くする必要がある。厚生労働省は23日、こうした年金財政の長期見通しを公表した。現役世代の手取り収入に対する厚生年金の割合は50.1%で、政府が約束した5割を維持できると説明している。
 この日の社会保障審議会年金部会に検証結果を提出した。前回04年の試算では、23年度に15%低くすれば年金財政を維持できるはずだったが、経済危機による積立金の減少や少子化の進行を反映し、より厳しい結果となった。
 検証は5年に一度行い、100年後までの年金財政を見通す。その間の人口構成や経済成長を前提条件として織り込む必要があり、今回は標準的ケースで将来の出生率1.26(07年は1.34)、長期の運用利回りは4.1%、不況を脱した後の15年度以降の実質経済成長率を0.8%などと仮定。基礎年金の国の負担分を3分の1から2分の1に引き上げることも前提にした。
 09年度時点では、平均的な収入の会社員と専業主婦の世帯を想定した場合、現役世代の手取り月収の62.3%の年金を受け取れるが、38年度には50.1%しか受け取れない見通しだ。
 年金水準の引き下げは、少子高齢化や経済の悪化に対応するため。04年の年金改革では、厚生年金の保険料率を18.3%(現在は15.35%)まで引き上げるとともに、高齢者が受け取る年金の水準を徐々に引き下げることを決めた。現役世代と高齢者の双方に「痛み」を分配することで財政の均衡を図った。同時に給付水準は「将来にわたり現役世代の5割以上を維持する」と約束した。
 この時は、23年度以降、50.2%の水準を維持できる見通しだった。今回の試算では出生率の前提を前回の1.39から下方修正。さらに株式市場などの運用環境の悪化で、積立金も目減りした。一方、長期の運用利回りは前回よりも0.9ポイント高く設定し、積立金の運用益が長期的には好調を続けると予想している。
 検証結果では、出生率や運用利回りが前提を下回り、現役世代の手取りの5割を割り込むケースも示した。

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 今回は、各紙の報道姿勢をネタにしたいわけではないのですが、こんなに違うとさすがに取り上げざるを得ません。読売、日経が大本営発表であるのに対して、朝日は過去の見通しなどと比較して、より「厳しい状態にある」ことがわかるような書き方になっています。なるほど、朝日が「アカヒ」といって嫌われるわけですね。

 これが、毎日になるともっと厳しい見方を提示しています。

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厚生年金:給付水準を試算 「50%ありき」? 前提条件は「希望的数値」(毎日新聞)

 厚生労働省は23日、モデル世帯の厚生年金の給付水準(現役男性の平均的手取り賃金に対する年金額の割合)を、04年の制度設計時同様、将来も50%を維持できるとの試算を示した。しかし、財政検証に用いた経済前提には希望的観測に近い数値も含まれ、「50%先にありきの検証」との疑念がぬぐえない。【吉田啓志】
 「経済は荒波の中にあるが、世界が協調して脱出に努力しており、いずれ安定する」。厚労省年金局の山崎伸彦数理課長は23日、記者団から「経済前提が甘いのでは」と問われ、こう反論した。
 年金財政に大きく影響する数字が年金積立金の運用利回りと賃金上昇率。厚労省は今回、積立金の名目運用利回りは10年代前半までは1%台で推移するものの、21年度以降は4・1%を維持し、名目賃金も2・5%ずつ増える--ものを「基本ケース」とした。
 だが、04年の「利回り3・2%、賃金上昇率2・1%」に比べ相当に高い。デフレ基調の01~07年度の平均実績(利回り2・26%、賃金上昇率マイナス0・3%)との開きも大きい。今回の前提を疑問視するエコノミストは多く、野口悠紀雄・早大大学院ファイナンス研究科教授は「運用利回りがこれほど賃金上昇率を上回り続けることはあり得ない」と指摘する。
 働く30~34歳女性の割合(06年62・8%)も、04年は「20年後に65%」と想定していた。今回は79%へ引き上げられたが、納得感のある説明はない。
 04年は、合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子ども数に相当)が1・39に回復するシナリオだった。だが翌05年、その実績値が過去最低の1・26に落ち込み、今回は1・26への下方修正を迫られた。運用利回りは0・5%アップすれば、給付水準を2%押し上げる。利回りを高めに設定することで少子化のマイナス分を穴埋めし「50%維持」を図った、との見方も根強い。
 04年改正は、厚生年金の保険料上限を18・3%で固定しつつ、給付水準は50%を確保するというのが売りだった。だが、同年の参院選を見据えた与党に押しつけられたもので、厚労省には「無謀な設計」(幹部)との声が以前からある。
 ◇月収高いほど厳しく
 厚労省は厚生年金の給付水準に関し「50%維持」を強調するが、モデル世帯に限ったもの。夫婦の合計所得が違えば、給付水準はどう変化するだろうか。
 公的年金は、所得が低いほど納付額に対する給付額の割合が厚くなる。手取りが16万7000円の世帯なら給付水準は104・2%、年金額は17万4000円となる。
 今回の試算では、手取り月収は24歳の人が受給を始める50年には29万2000円(物価上昇分などをカット)にアップするが、年金額は23万6000円にとどまる。給付水準は80・8%に下がり、年金の実質価値は大きく減少する。
 手取り月収が高い世帯は厳しい。手取り41万7000円の世帯は、09年の給付水準は57・1%(年金23万8000円)。それが50年には現役時の手取り73万円に対し、年金額は33万8000円に。給付水準は46・3%と50%を割り込む。手取り58万3000円のケースはさらに落ち込む。給付水準は09年で48・1%と既に50%を割っているが、50年には、現役時の手取り102万2000円に対し、年金額は40万6000円で給付水準は39・8%と30%台に下がる。
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 毎日の記事には、ハッキリとは書かれていませんが「数字合わせのために見通しを決めた」という本末転倒の操作がされているのではないか、という疑念が指摘してあります。

 今日ここで取り上げたいのは、この「見通しの操作」の問題です。「国家的詐欺」と書いたのは、この問題なのです。

 日本の官僚は、国民ではなく(自らの省益と)政治家の方を向いて政策を立ててきました。ですから、「政治家が有権者に説明しやすいように」内容を誤魔化して上手に「言いくるめられる」ことが、官僚としての能力だったのです。そのために、数字は官僚にとって強い味方となりました。数字の意味をきちんと理解できる政治家はほとんどいなかった上に、有権者は細かい数字を見ないからです。

 こうした「情報操作」が繰り返されて来たのが、この国の政策です。パターンは二通り。ひとつは「隠蔽」です。

「隠蔽」の最たるものは、国鉄の分割民営化などでしょう。JRになって「黒字になったから成功」と思っている国民がどれほど多いことか。34兆にも上る借金が付け替えられ、タバコにかかった税金などを使って借金を返していることなどを知っている人がどれだけいるか。「黒字になった」「サービスが良くなった」というところばかりアピールして、肝心なことは隅の方にこそっと書いてある。保険の約款が読みにくく「詐欺のようだ」と問題になったことがありますが、それと同様、いや、それ以上に悪辣な誤魔化しです。

 もうひとつのパターンは、「あり得ない予想」です。これは日本の政治や政策立案ではどこにでもある、お得意の手法。「将来は無料になるから高速道路はこれだけ高くても我慢して払ってね」と始めた道路整備が、とんでもない額の国費をつぎ込んでも永久に無料にならない。こんなことは、実は当初からわかっていたことなのです。わかっていながら、あり得ない収入を計上して「こうなります」と宣伝する。こうした情報操作は、アクアラインや本四連絡橋だけではありません。各種の政府や自治体の「予想」には、こうした操作が行なわれていることがとても多いのです。(その一端は、東京都が出したオリンピックの経済効果のところでも書きました)

 こうした「あり得ない予想」に基づいて語られて来たのが、年金や保険です。私は、実は15年ほど前に国民年金の支払いを一時止めました(今は払ってます)。そのときに、「これだけ払ったら今いわれている額がきちんと支払われるという保証を書いてほしい」と要求したら、集金に来なくなったことが理由です。何も回答せずに集金に来なくなるところが、なかなかこの国のシステムを象徴していると思いませんか?

 さて、今回の発表でも、恒例に従って「詐欺的な数字の操作」がなされています。毎日の記事を読むとわかりますが、運用利回りや経済成長率、納付者の割合などは、「一番楽観的に見て、さらにそれにおまけを付けた」数字になっています。こうした操作が、毎日新聞が指摘されているように「後づけに作られた」ものかどうかはわかりませんが、少なくとも「とっても特殊な状況にならないと起こらない」ことであることは間違いありません。

 さて、皆さんはこうした方法を「詐欺」だとは感じませんか?

2009年2月22日 (日)

本日の「怒」090221/監視が必要・・国費のみの公共事業について


 昨日の朝日、今日の東京新聞で見た記事です。自民党のPTが、道路やダムなどの「大きな」公共事業を国費だけで行なえるようにするための改革を考えている、という内容でした。現状では、こうした公共事業を行なう時には、「受益者」である地方公共団体が3分の1を負担することになっています。最近、大阪府の橋本知事などが「地方に対する説明が足りない」ということで、この負担分の支払いを予算に計上しないことにしたことなどが話題になりました。

 朝日の記事にはなかったのですが、東京新聞の記事には「財務省が憂慮している」という記述がありました。問題とされる点は、「受益者である地方が負担しないのはおかしい」という原則論と「地方の実情に合わない無駄が増える可能性」だそうです。ということは、「国だけで計画すると地方にとって不要な公共事業になる」ということですね。その通りだと思います。ダムだけでなく、新幹線しかり、高速道路や港湾整備しかり、です。

 解決策は簡単です。資金も計画も、全部地方に移譲してしまえばよい。国から3分の2が出るから、という理由で、国の意向に沿った公共事業が次々と行なわれて来たのです。高速道路ならお金が出るが、生活道路は自力でやらなくてはならない、とにかく公共事業は必要、ということになれば、地方公共団体は国費に依存した公共事業を続けるでしょう。立派な港を作っても、使う人もいないしそこへのアクセスが整備されない。新幹線を作って、取り残された在来線とその周辺は寂れて行く。こうした現状を打開するためには、地方公共団体がその地域に合った公共事業を行なうことが必要なのです。

 こうした考え方には、有力な反論が考えられます。それは「地方エゴに陥ってしまったら国土のバランスがとれた整備が進まない」というものです。ダムを造った恩恵を受けるのは、ダムが作られた地域ではなく、遥か下流です。新幹線が通過するところが協力しなければ、路線を引くことはできません。だから、大きな公共事業は国が面倒を見なければならない、というものです。

 議論としては、全くの正論です。しかし、高度成長期を過ぎて大きなインフラが一定程度整ってからは、こうした考え方がむしろ弊害になることも少なくありません。水道や工業用水の必要性に迫られて立案されたダム計画が、水が余っても止まらない。官僚組織の問題とされているこうした問題も、公共事業を広域でしか捉えられない硬直性が影響しています。

 少し話がそれましたが、今回の与党PTの方向性には、いくつかの危険性があります。最大の問題は「地方が本当に必要ではないが国の公共事業として行なうのだから文句を言うな」という方向に流れてしまう危険性があることです。財務省の反対は、「地方にも金を出させろ」というものでしょうが、全部が国のお金になったら国交省は喜ぶでしょう。地方が不必要であっても、反対する根拠がなくなりますから。


2009年2月19日 (木)

本日の「怒」090219/自民党読売新聞支局ですかねぇ、それとも逆か??


 小さな記事ですが、朝日、毎日、産経の今朝の朝刊にこんなものがありました。なぜか、読売新聞には見当たらない記事です。

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自民の森・青木氏ら会談「麻生首相では選挙にならない」
2009年2月19日付朝日新聞
 自民党の森元首相と山崎拓元幹事長、青木幹雄前参院議員会長らが18日夜、東京都内の日本料理店で会談した。出席者によると、中川昭一財務相の辞任を受けて「麻生首相の下では選挙にはならない」など、複数の出席者が次期衆院選は厳しいとの認識を示したという。会合には、渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長らも同席した。

麻生政権めぐり森、青木氏ら会談
2009.2.19 付産經新聞
 自民党の森喜朗元首相、青木幹雄前参院議員会長、山崎拓元副総裁らが18日夜、都内で会談した。出席者の中からは、麻生内閣の支持率低下などを踏まえ「麻生太郎首相では次期衆院選は戦えない」との意見も出たという。会談には、渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長、氏家斉一郎日本テレビ取締役会議長も同席した。

自民:森・青木・山崎3氏が意見交換
2009.2.19 付毎日新聞
 自民党の森喜朗元首相と青木幹雄前参院議員会長、山崎拓前副総裁は18日夜、東京都内で会談した。今後の麻生太郎首相の政権運営や国会対策などをめぐり、意見交換したものとみられる。会談には渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長兼主筆と氏家斉一郎日本テレビ放送網取締役会議長が同席した。
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 毎日の記事には「麻生首相では選挙が闘えない」という部分が抜けていますが、朝日と産経にはしっかり書かれています。その場に、読売新聞/テレビの両首脳が揃って同席したというのです。ということは、こんな会話が交わされたのでしょうか・・・(あくまで、事実に基づかない推測です/笑)

青木前参院議員会長:世論は麻生内閣を見放している
山崎元幹事長:おかげで、私の選挙も危ない
森元首相:あんたがあぶないのはもとからだろう
渡辺会長:このままだと危ないのは托さんだけじゃないぞ
森元首相:新聞がこまかいことをぐだぐだ書くから支持率も下がるんだろう
渡辺会長:本当は書きたくないんだが、それにしてもひどすぎる。このままだと本当に民主党に政権がわたってしまうぞ。そうならないようにいろいろと苦労してるのに、肝心の自民党がしっかりしないと

 この「濃い」メンツが集まってした話ですから、本当はもっと凄いと思います(爆)。これが、日本で一番売れている新聞社の会長がやっていることなんですね。

2009年2月 9日 (月)

本日の「怒」090209/政治家の言葉の軽さと無責任・・マンガ首相の笑えないつっぱり


 麻生首相がまたまたおかしな発言をしました。皆さんもご存知だと思うのでニュースの引用はしませんが、「私は郵政民営化にはもともと反対だった」というものです。6日の朝のニュースワイドショーで盛んに放送されていましたので、野党の質問も含めて前後の文脈もよくわかりました。後から「私は国営化しようといっているのではない。見直すことになっているのだから、利便性も含めて見直しす必要性を言ったまで。私が反対でも、内閣の一員として決まったことに従うのはルール」という主旨の「弁明」をしていましたが、果たしてそれでいいのでしょうか。

 麻生首相は、郵政民営化を一枚看板にしていた小泉政権時代、ずっと内閣や自民党の要職を歴任してきました。私は比較的新聞やテレビ、ネットの政治情報を見ている方だと思うのですが、その間、麻生氏が「私は郵政民営化に反対だ」と言ったことを聞いた記憶がありません(政治的なスタンスには違和感がありますが)平沼赳夫、野田聖子、亀井静香、綿貫民輔などの衆議院議員が持論を曲げずに自民党から「追い出された」のとは、かなり違いがあります。簡保の宿の問題などで日本郵政が問題にされるようになったとたんに、「実は私は反対派」というのは、現在の責任から逃れようとする自己保身であるとしか言いようがありません。

 政治家の言葉がこんなに無責任に軽くなったのはいつからでしょうか。麻生内閣には、リーマンショックを「蜂に刺された程度(日本にはそれほど影響がない)」と宣った挙げ句「蜂にも命に関わるようなものもある」と修正した経済重要閣僚、「アルカイーダとお友だち(のお友だち)」を始めとする問題発言連発の総務大臣、「違法行為をやった職員はお縄にする」「最後の1人まで年金を払う」と言って結局何もできなかったスタンドプレー好きの厚労相など、言葉の重みを感じさせない政治家のオンパレードです。

 ここ30年間で在任期間が長いお二人の首相にしても、「この顔が嘘を言う顔だと思いますか」と大嘘をついた中曽根元首相や、「人生いろいろ、会社もいろいろ」と言って自分が優遇されていたことを誤魔化した小泉元首相、と、ともに言葉の軽さについても横綱級でした。今になって、中曽根政権から小泉政権までがばらまいた害毒がようやく認識され始めていますが、「しょせん国民には何を言っても誤魔化せば良い」という政治家ばかりになってしまった現状を、ただ黙って見ているしかないのでしょうか。

2009年2月 7日 (土)

怒090205/形式論議は無意味だ・・天下りの根絶に必要なこと


 支持率のどん底状態にあえぐ麻生内閣・自民党が、いわゆる「わたり」の禁止に向けて動き出しました。近づいている総選挙を前に、少しでも国民受けする形を整えようと必死のようです。私は、今回の官民人材交流センターや省庁の斡旋禁止などは、天下りの根絶には全く役に立たないと思っています。日本の官僚組織は、そんなことでシステムを揺らがせてしまうほど能力が低くありません。実質的には、なんらの変化も起きないでしょう。

 現在の天下りのシステムは、各官庁がお膳立てをして「配分」するというものです。交流センターは、この「配分」能力を担うもので、表面的には「官庁の影響を排して適材を再就職させる」という機能をもつとされています。そして、いわゆる「渡り」の斡旋は行ないません。さらに、交流センター自体を廃止し、「ご自分で再就職先を見つけていただく」ようにすることが、天下りの根絶に向けた大きな改革であるかのように主張している人たちも(特に民主党などに)少なくありません。これは、天下りに対する認識不足です。「ご自分で見つけろ」ということになれば、すでに天下りをしている人たちからの「紹介」という形をとるようになるだけで、本質的には何も変わりません。

 これはさんざん論じられていることですが、まず官僚組織の中での昇進のシステムを改革しなければなりません。キャリアは、40歳くらいまでは同じように昇進し、その後50歳くらいまでの間に選別が行なわれます。50歳を過ぎると、順番に「外に出て」最後は次官だけが残る、という道をたどります。ですから、50歳くらいからの再就職先を官庁が斡旋する(先輩の紹介でも)ことは、このシステムを守る根幹でもあるのです。

 キャリア官僚の天下り先は、よく言われている特殊法人だけではありません。人事院の総裁ポストも、長い間キャリア官僚の指定席ですし、地銀の頭取(や役員)にも、官僚のOBが数多く存在します。もちろん、ゼネコンには旧建設省(国土省)の天下りがいる、など、民間企業にも少なからずキャリア官僚の天下りがいます。くだんの企業がマスコミなどのインタビューを受けると、決まって「優秀な方なので必要な人材として来ていただいた」と回答します。そんなに優秀なら、天下りなどさせないで公務員としてもっと働いてもらうべきでしょう。

 公務員の天下りをなくす為には、特殊法人を全廃し、キャリア官僚が天下った企業と国が契約を結ぶことを禁じることが必要です。前者は、問題なくできます。本当に必要なものがあれば、役所の組織に取り込んでしまえば良い。働かない天下りに高給を払うために誰も読まないバカ高いレポートを出版し(それを役所が買う)たり、丸投げ先を分配するだけの特殊法人がどれだけあることか。さんざん報道されたので、皆さんもご存知だと思います。

 後者は、「職業選択の自由」という「関門」がありますが、これも問題ないでしょう。民間企業に官僚OBが就職するのは「自由」です。しかし、その企業と公共機関が契約を結ばないことも「自由」だからです。もちろん、そのように法律が定められたら、ゼネコンや銀行は天下りを受け入れることをやめるでしょう。死活問題ですから。

 こうした条件整備をして、不必要なキャリア官僚を減らして、以前のエントリーで書いたように、官僚の給与を大幅に上げるべきです。すべてを一括してやらないと、無駄な天下りはなくなりません。


2009年1月15日 (木)

本日の「怒」090115/民主党は何を考えているのか・・国会迷走の責任の一端


 08年度第二次補正予算が衆議院を通過しました。野党は強行採決に抗議して、当面の参議院での審議入りを拒否する構えです。与党は、今月下旬には「これまでの国会の慣例を破って」09年度当初予算の審議を衆議院で開始する予定です。これに対しても「参議院軽視」との理由で、審議入りを拒否すると報道されています。「100年に1度」と言われている経済危機の中で、国会は相変わらずの迷走ぶりです。

 国会の機能不全状態を「参議院の多数を握った民主党が悪い/ねじれが問題」という視点で主張を続けているのが読売新聞です。一昨年の「大連立」を狙って裏でごそごそ動いたのが読売新聞の社主ですから、その恨みが染み付いているのでしょう。何があっても「民主党が悪い」という社説を掲げます。その徹底ぶりには驚くばかり。政治的にはぐっと「右寄り」のはずの産經新聞の方が、国会の情勢については「是々非々」であることが多いようです。読売新聞の社主が牛耳る非民主的な社風が窺えます。

 私は、国会の「ねじれ」自体は悪いことではないと思っています。特に、与党が衆議院で再可決できる議席を保持しているので、与党と野党の違いが「参院否決/衆院再可決」という構造ではっきりするからです。再議決できない「国会同意人事」などでは、はっきり言って大きな成果もありました。

 国会の迷走の原因は、95%は与党側に責任があります。責任の第一は、「郵政を民営化するか否か」という国民投票もどきで獲得した300議席を失わないために、民意が完全に離れているにもかかわらず、選挙を回避して来たことです。「郵政民営化」に賛成した国民は、同様に「後期高齢者医療制度」や「障害者の授産施設からの追い出し」や「自衛隊の派遣」などの「賛成した」と見なされて来たのです。こうした「意思のねじれ」が、参議院での与党大敗につながったことは明白です。それにもかかわらず、支持率が下がると政権をたらい回しにすることで目くらましを試み、とうとう3度目には「目くらましができる人」すらいない状態になって、どんなに支持率が下がっても解散も総辞職もできない、というどん詰まりに追い込まれたのです。ある意味でここまで追い込まれれば、開き直ってしまえるようです。何と言われようとも政権を失わないことだけを目的にした政権運営を続けて行くことは、それほど難しくありません。国民の過半数、いや7割が反対していようが、300議席で再可決してしまえばできるからです。事実、国会はある意味で「結論がハッキリしている」ので、「迷走」ではないのかもしれません。どれだけ国民が反対しようが、与党はやりたいことはすべてやる、ということがハッキリしたのですから、有権者にとっては、こんなありがたい情報はないでしょう。

 しかし、です。国会が機能不全に陥っている責任は、民主党を始めとする野党にもあります。それは、「わかりきったことを続けている」ということです。以前のエントリーで、民主党の菅副代表の「お粗末な」国会質問を取り上げましたが、いいかげんに麻生首相や与党の考え方/出方がわかったはずですから、国会の運営についてもっと工夫ができるはずです。政策をもっと具体化すること、それをぶつけることが必要なはずです。

 私が党首だったらどうするか・・・そうですね。全衆議院議員を辞職させるでしょうね。そして、全力で政策立案に当たり、有権者との交流を図るでしょう。どうせ、現状ではどんなまともな法案でも、「野党が提出したから」という理由で成立しない、どんなにお粗末な法案で「与党のものだから」という理由で成立するのですから。

 

2009年1月 8日 (木)

日本の取るべき進路について3/きちんと「懲り」ましょうよ/政府の役割その1「歴史」


 レーガン政権以来の方向に、「小さな政府」というものがあります。「その割に、アメリカはあちこちで軍事費をばらまいているぞ」という指摘はありますが、基本的には「民間に任せられるものは任せる」ということと、「政府は市民生活にできるだけ介入しない」ことがその本旨です。この基本と、「経済の活力は市場をできるだけ自由に振る舞わせることで生まれる」という発想が組み合わさると、直近30年の政策が理解できます。基本的な二つについて論じてみます。

1)所得税、法人税の減税

 政府ができるだけ経済活動に介入しない、という原則を守るためには、所得の再配分効果を減少させる必要があります。所得税は累進課税になっているので、高額所得者ほど税率が高くなっています。そのために、80年代からは、最高税率の引き下げが最大の政治テーマになり、85年に70%だった税率が2007年には40%まで下がりました。年収1億の人の手取りは、3000万から6000万に増えたわけですね。一方で、歳入を確保するために、88年に消費税が導入されました。結果として、低所得者層の税負担率が大幅に上がり、所得の再配分効果を薄める目的は達成されました。

 国際競争力をつけ、大企業の体力をより充実させるために、1980年台に42%だった法人税も、2000年からは30%まで段階的に引き下げられました。日本の産業基盤や雇用を支えて来た中小企業は、その多くが赤字であり、法人税の切り下げはコンスタントに利益を上げられる大企業の税負担を軽くするために行なわれました。規制緩和などの諸政策の効果とも相まって、一流と言われる大企業は莫大な利益を上げられるようになりました。

2)中曽根民活から郵政民営化まで/行政の「スリム化」の本質

 中曽根政権は、外交面では(ブッシュの忠犬となった小泉首相と同様)アメリカのレーガン大統領との「個人的な友好関係」を軸に、「日本はアメリカの不沈空母」「有事には太平洋につながる海峡を封鎖する(アメリカのためにソ連や中国の艦隊を日本と大陸の海峡で押しとどめる)」などの従米路線をとり、国内でも軍事費のGNP1%枠の撤廃などの「軍事大国化」を目指したことで名を残しています。経済でもアメリカに追従することに熱心で、円高に理解を示し「アメリカ製品を買おう」というキャンペーンを行ないました。こうした中曽根政権がアメリカ流の経済に「憧れる」のは必然で、小さな政府を目指した各種の施策が実行されたのです。ひとつは前項に上げた税体系の調整、そして「民活」です。

 民活は、「民間の活力を導入する」という名目での政府の役割の放棄、政商への国家財産の切り売り、地方公共団体の活動への民間関与を増やすこと、などがその柱でした。実際に行なわれたことは、

① 国鉄分割民営化
 膨大にふくれあがった国鉄債務を解消するため、と称して、国鉄が分割、民営化されました。借金は国民の税金で肩代わりし、さらに不採算会社には収益を保障するシステムを作り、不採算路線の廃止/第三セクターへの移譲などが行なわれました。結果として、借金がさらに増え、地方の足が奪われ、国鉄がJRとなって安全軽視、収益優先の体質を強化したのです。民営化したとはいえ、政治家が関与する道はしっかり温存し、現在でも住民の足を剥奪しながら新幹線の延伸が続いています。
② 民活、国有地の払い下げ
 国有地を民間の力で有効に利用する、という目的で、さまざまな土地が払い下げられました。現在も明かりがつかない高層マンション(新大久保と高田の馬場の間で見ることができます)や汐留地区など、払い下げた民間企業に莫大な利益をもたらしました。
③ 第三セクターという新たなる利権構造の創出
 第三セクターということばがブームになったのもこのころです。行政が行なっていた各種の事業を、いわば「半官半民」の組織で行なうようにしたものです。各地にホールや施設が乱立したのもこの時期で、その多くは「行政ではない」という名目で行なわれました。もちろんこうしたハコものにつきものの利権構造はそのまま温存、強化されたのです。第三セクターの多くは、行政からの天下りと出向した職員が責任者を務め、行政の非効率はそのまま持ち込まれました。
④ 各種の民営化
 専売公社や電電公社が民営化されたのも、中曽根政権の結果です。こうした「民営化」は、行政の効率化の象徴としてもてはやされました。たしかに、競争が激化して電話料金は下がりましたが、弱者にとっては使い勝手が悪くなり、さらに国民から集めた4兆円にも上る電話債権は、NTTへのプレゼントとして紙屑化したのです。

などです。

 こうした手法を正当化するために、中曽根内閣は「審議会」などを乱立させました。「土光臨調」と呼ばれた第二次臨時行政調査会は中曽根内閣より前の鈴木内閣時代に作られたものですが、「朝食はメザシ」などと語って国民に支持された土光臨調のこの方法を拡大し、さまざまな組織が作られたのです。そこには、東大の佐藤誠三郎教養学部教授(当時)などのブレーンを使い、あたかも「民間の意見」であるかのようにして政策を推し進めました。

 小泉政権も、新保守主義・新自由主義に立脚している点で中曽根政権と性格を同じくします。ブッシュ大統領との個人的な交友関係をひけらかしてアメリカ追随の政策を次々に打ち出したところも、中曽根政権とよく似ています。小泉元首相が郵政民営化を錦の御旗に掲げたのは、こうした思想的背景だけでなく彼が若い頃にレクチャーを受けた当時の大蔵省の意向が強く働いているのですが、その方向性はすでに中曽根政権で実体化されたものと同じです。郵政民営化が、弱者を切り捨て、効率を優先した経営を求める「郵便局」に衣替えしたことは、国鉄の民営化と全く同じ方向性だといえるでしょう。

 行政を「スリム化する」という名目は、こうした大掛かりな政策で実現したかのように見えますが、実態は何も変わっていません。税金で造られる道路は、整備する必要がある部分が減少するにつれて、利権確保のために「道の駅」や各種のハコものに税金を投入するシステムが作られていきました。官僚組織はむしろ肥大し、第三セクターや公益法人を乱立させることで、末端の公務員までを巻き込んだ天下り機構が完成したのです。結果として、利用率が上がらない赤字を抱えたハコものが地方財政を圧迫し、道の駅などの施設が地場のドライブインなどの経営を破綻させています。

3)金融面での規制緩和

 金融面での規制緩和は多岐にわたります。大きく分類すると

① 業態間の垣根を取り払うこと
② 国内・国外での資金移動の障害をなくすこと
③ 金融商品の多様化を認めること
④ 金融会社の形態の多様化を認めること

になります。日本では90年代後半からこうした施策が次々と行なわれてきました。

 こうした規制緩和の目的は、基本的に金融企業が自由に振る舞える土壌を作ることです。そうした意味で、まさにレーガン政権以来の方向に合致したもので、結果として何が起こったかは、すでに皆さんもよーくご存知の通りです。

4)各種の規制緩和

 これも、お手本はアメリカにあります。ある程度の年代の人なら、アメリカの航空会社と言えば「パンナム」でしたが、規制緩和による格安航空会社の参入などの影響で、91年にはその歴史を閉じています。また、カリフォルニアの大停電を記憶している方も多いでしょうが、これも規制緩和によって電力自由化が起こり、収益優先でセイフティーネットを疎かにしたつけでした。

 日本で行なわれて来た規制緩和の主なものは、次の通りです。

① 労働形態の規制緩和
 いわゆる派遣の問題に代表される歪みを生じたものです。企業が労働者を「在庫」のように調整できるようにすることが目的で、結果としてワーキング・プアの続出、さらに失業者の極大化を生みました。
② 特定産業に対する規制緩和
 タクシーの台数制限の撤廃、運輸業への参入規制の緩和、酒類販売免許などへの制限の緩和、電力事業者への参入規制緩和、郵便事業への参入に対する規制緩和、農業事業者への株式会社の参入、など、多岐にわたります。
③ 行政サービスや検査の民間移譲など
 耐震偽装問題で一般に知られるようになった建築基準検査機関の民間委託などがこれにあたります。

 もちろん、規制緩和には功罪両面があります(その点は次回)が、功ばかりが喧伝されて無秩序に行なわれて来たために、さまざまな歪みが出ているのです。

 次回は、こうした「行政のスリム化」の意味を考えてみます。

2009年1月 6日 (火)

本日の「怒」090106/この人の首が取れなかったら野党の価値はない


 すでにご存知かもしれませんが、とんでもない発言が飛び出しました。

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派遣村、まじめに働こうという人なのか?と坂本総務政務官
 大揺れ雇用
 坂本哲志総務政務官(自民、衆院当選2回)は5日、総務省の仕事始め式のあいさつで、東京・日比谷公園の「年越し派遣村」について、「本当にまじめに働こうとしている人たちが集まっているのかな、という気もした」と述べた。
 さらに、「『(厚生労働省の)講堂を開けろ』『もっといろんな人が出てこい』(と要求される)。学生紛争の時に『学内を開放しろ』『学長よ出てこい』(と学生が要求した)。そういう戦術、戦略がかいま見える気がした」と語った。
 坂本氏は地元の熊本県では厳しい経済状況の中で助け合っているとしたうえで、派遣村のあり方に触れた。
 民主党の小沢代表、国民新党の綿貫代表ら両党幹部は5日夜、都内で会談し、坂本氏への辞任要求も視野に、発言の責任を追及することで一致した。
(2009年1月6日00時03分  読売新聞)
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 怒りを通り越して脱力です。麻生首相といいこの人といい、政治家がどこを向いているのかがよくわかります。この人の首がとれなかったら、野党は存在価値を疑われても仕方がないでしょう。

2008年12月23日 (火)

本日の「怒」081223/予算関連第三弾、わかっちゃいたけど「重点化枠」の茶番


 予算原案の最終段階での恒例だった「大臣折衝(復活折衝)」が、今年はなくなりました。この「大臣折衝」は、もともと事務方で決まっていたものを大臣の「手柄」にするために、財務省と担当省があらかじめ準備していたものです。財務省が「つけない」と決めた予算は、たかが大臣が「つけろ」と言ってもつかないもの。そんなことはすっかりわかっているので、政治部の記者も「こそっと」セレモニーであることを匂わせてきました。

 今年は、この「復活折衝」の代わりに、官邸主導の「重点化枠」が作られるとされ、注目が集まった(のかなぁ・・)ようですが、結局、事務方が用意したものを「麻生首相が指示する」形をとっただけに終わったようです。ばからしくて引用はしませんが、各紙とも、政治部の記者はそんなことは百も承知。それを「知らない」と思われるのはプライドが許さないのか、よく見ると各紙とも「財務省とは無関係に麻生首相が指示して独自についた」のではないことを思わせる記述が、きちんと入っています。やりかたとしては、復活折衝と全く同じですね。

 こんなセレモニーのために時間を無駄にすることは止めてほしいものです。それから、政治部の記者は、いいかげん政治家の顔色をうかがった記事ではないものを書いてほしいですね。まぁ、言っても無駄か。

2008年12月22日 (月)

本日の「怒」081222/無駄温存、ビジョンなしの09年度予算原案2


 今日は、予算原案の中身を少しばかり見てみましょう。

 財政状況を簡単に言うと、「年収550万の家庭が6000万の無担保ローンを抱え、支出は510万円ほど。しかし、仕送りに170万、ローン返済に200万で、合わせて340万ほどの赤字。これはさらに借金になる」という状態です。もちろん、OECD諸国の中ではずば抜けて財務体質が悪く、柔軟な財政出動ができない原因になっています。毎年のように語られて来た話ですが、新規国債発行額30兆円の枠は底が抜け、歯止めの利かない借金体質に突入しました。こうなった大きな原因は、毎年8兆円とも12兆円(特別会計含めて)とも言われる行政の無駄です。この無駄に全く切り込むことなく、新年度予算は「天下り、無駄奨励」の「定見なきバラマキ」予算になりました。

 21日付の新聞各紙をご覧になった方は、各紙がまとめた予算原案の記事を見て「たくさん不況対策をやっているな」と思われたかもしれません。確かに新聞を見ると、失業/住宅対策や中小企業の減税/特別融資枠の拡大、地方交付金の増額、高速道路料金の引き下げ、住宅ローン減税など、景気浮揚を狙ったと思われる項目が目白押しです。政府は、08年度第2次補正予算を含めて「14ヶ月予算」として、「総額75兆円に上る景気対策」と胸を張っているようです。しかし、これらの施策は、将来展望もなく、単に選挙対策で要求が出て来たところに「順番に」予算を割り振ったに過ぎません。どれもこれも中途半端で、対策としてはっきり効果がありそうなものは見当たりません。オバマ新大統領が400万人の雇用創出を目指して「グリーン・ニューディール構想」を打ち出していることと比べても、戦略なきバラマキであることが明らかです。一方で、官僚の天下りを管理する体制が民主党の反対で進んでいないことを良いことに、「官僚の天下りは官邸で許可する」として、無駄温存、天下り堅持の姿勢も明確になりました。

 これらの「景気対策」が実際に動き出すのは、来年の4月からです。解散を恐れて第2次補正予算を年明けに回したために、即効性が要求される雇用/住宅対策も、一番厳しい冬の時期に間に合わなくなりました。テレビで連日のように報道されていますが、ますます寒くなる年の瀬に向かって住むところを失った人たちが激増しているにもかかわらず、です。

 いくつかの項目を取り上げて、この予算のビジョンのなさを見てみましょう。

1)住宅関連減税、エコ自動車に対する減税処置など

 これらがどんな代物であるかは、先週15日のエントリー(http://do-do-do.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/081215-5997.html)で既に取り上げました。

2)フリーターの正社員化支援

 フリーターを新たに正社員に雇った企業に対して、1名あたり100万円の支援をすることが目玉です。「規制緩和」「構造改革」をどんどん進めて、正社員を大量に非正規雇用に追い込み、首を切りやすい非正規雇用者の失業が問題化すると雇う企業に支援金を出すというちぐはぐさ。中曽根内閣から小泉内閣までで「完成した」弱肉強食社会のつけを、今度は首を切った企業に支援金を出して何とかしようという、お粗末極まりない結末です。1000人の非正規労働者をあっさり首にしたキャノンが100人を雇うと、政府から1億円せしめることができるわけですね。キャノンなら、一旦わざと首を切って雇うくらいのことをやりかねませんが。

3)中小企業の活性化対策

 それなりに効果があるものもありそうです。特に融資枠の拡大や研究開発に対する支援などは、「使える企業にとっては」役に立つでしょう。しかし、いかんせんスピードが遅すぎます。10月に入ってから仕事が激減した中小企業が、4月までにどれだけ生きながらえているのでしょうか・・・

4)公共事業関連

 特別会計で茶番があったように、基本的に相変わらず道路、新幹線中心の発想です。未整備区間も着工を前提とした調整費がしっかり認められています。人員削減を勧告した委員会報告を偽造して平気な顔をしている国交省の管轄ですから、何かを期待する方が馬鹿なのかもしれませんが。

5)温暖化対策、新エネルギー関連

 これも、今までの政策の焼き直しばかりです。太陽光発電を備えた住宅への支援(これは、パネルへの補助が朝令暮改で、中途半端な広がり方をしていたもの)、燃料電池の導入支援などに1100億円、新しい技術支援に800億というものです。これは、「桁が違う」としか言いようがありません。あちこちに小出しにして結局効果が限定的になってしまうという、官僚の政策の悪い見本です。

5)介護診療報酬の3%引き上げ/出産育児一時金の引き上げ

 介護現場の過酷な労働と人手不足は深刻です。介護報酬のために、予算には550億円の増額が折り込まれました。しかし、この程度の予算では、新聞各紙が指摘しているように、実際に現場の介護報酬が予定通り(一人当たり2万円のアップ)上がるかどうかははなはだ疑問です。それよりも、介護現場の人手不足を雇用に結びつける発想がなくては、これからの高齢化社会に対応できません。この点はすでに何度も書きましたが、兆単位の予算処置をとらないと意味がないと思います。

 出産一時金も4万円引き上げられます。このこと自体には全く異論はないのですが、産科医や小児科医の不足、保育所の未整備や子どもを持つ親に対する企業の無理解などを総合的に政策課題にしないと、意味がありません。

6)防衛関連

 クラスター爆弾の代替処置が第2次補正に上がったことは昨日書きましたが、本予算で突出しているのは、米軍の移転費用の分担で、昨年の3.6倍、700億円ほどが計上されました。防衛費と言えば、守屋前事務次官の事件で昨年は調達に関する無駄や利権が話題になりましたが、今年はそうした声は全く聞こえてきません。喉元過ぎれば、になってしまうこの国の特徴が発揮されるのでしょうか。

 予算の決定過程や既得権益を劇的に替えないと、この国の財政は確実に破綻します。こんな「官僚の言いなり」予算では、「国破れて官僚栄える」ことになるでしょうね。

2008年12月21日 (日)

本日の「怒」081221/無駄温存、ビジョンなしの09年度予算原案1


 20日に、09年度予算の財務省原案が発表されました。一般会計予算総額88兆円(うち一般歳出51兆円)、新規国債発行額33兆3000億円と「埋蔵金」4兆円余りが、7兆円を超える税収減と各種の景気対策などの穴埋めとなります。大まかに眺めてみると、「日本の流れを良い方向に変える歴史的予算」と中川財務相が自賛するのとは正反対に、無駄を完全に温存しきった、選挙対策だけを考えたバラマキ予算であることがハッキリしています。

 予算のデタラメさは、政府・与党に「優しい」読売、産経両紙が社説で問題提起をせざるを得ないことでもよくわかります。

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 選挙向けといわれる給付金や道路特定財源の一般財源化と地方交付税でみられるようなばらまきは許されない。景気・雇用対策の対象も効果を基準にしないと、財政は底が抜けて悪化しよう。(産経社説より)

 社会保障費については、自然増分を2200億円抑制する例年通りの目標が課せられた。これをクリアするため、たばこ税の増税などが検討されたが、結局、埋蔵金などから財源をひねり出し、なんとかつじつまを合わせた。(読売社説より)
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 この両紙、結論としては、予算そのものを論評するより「消費税を上げることを明記せよ」という主張が中心で、中身については事実を並べただけで、あまり面白くありません。

 これに対して、朝日はやはり辛口です。

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 総額88兆5500億円で08年度を5.5兆円も上回り当初ベースで過去最大に膨らんだ予算は、麻生政権の姿さながら旧態依然の公共事業や地方へのばらまきが目立つ。残念ながら新たな時代を切り開く先導役にはなれまい。
■財政規律は形ばかり
 しかも、歳出抑制の体裁は維持しつつ、実態は財政出動の帳尻あわせばかりだ。06年度の骨太方針で決めた社会保障費の抑制幅2200億円を残したものの、それは形だけ。埋蔵金や道路財源を転用して財源が手当てできたとして、抑制するのは230億円にとどまる。公共事業費も削減をいいながら、不況対策の予備費や地方交付税の増額各1兆円の中に、別口の公共事業が潜り込む可能性が高い。(朝日社説より)
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 さて、最近のヒーロー(笑)、日経新聞です。与党から不買運動でも起こされないかと余計な心配をしてしまいますが、朝日よりはっきり「馬鹿げた選挙対策」であると喝破しています。

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 2009年度予算の財務省原案は一般会計規模が過去最大に膨れあがる一方、税収でその半分しか賄えない深刻な姿となった。金融危機による急速な景気悪化に配慮するのは当然だが、予算案からは不況脱出への中長期的な戦略が見えてこない。財政の悪化も著しく、将来への不安も募る予算案といわざるを得ない。(中略)
 予算案全体を眺めると、次期衆院選をにらんで、経済効果よりも選挙民の受けを優先したものが目立つ。2次補正に盛り込んだ2兆円の定額給付金がその典型だ。いま大切なのは、短期で劇的に悪化する雇用への手当てなどを集中的に実施し、中長期で成長力につながる投資も並行して進めることだ。耐震化や温暖化対応などいずれ必要な支出の前倒しや、経済の体質を強める新産業の基盤づくりが考えられる。(日経社説)
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 明日は、内容について少し考えてみたいと思いますが、最後に、「今、至急やらなくてはならないこと」に、第二次補正で予算がついた例を挙げておきましょう。国防のゆるみは一瞬たりとも許されません。クラスター爆弾を廃棄した一瞬の隙をついて、北朝鮮が攻め込んでくるかもしれないからです。嗚呼・・・

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クラスター爆弾に代わる精密誘導弾に66億円
2008年12月20日(土)20時2分配信 読売新聞
 政府は20日、自衛隊が保有するクラスター(集束)爆弾に代わる精密誘導弾の整備費について、2008年度第2次補正予算案に約60億円、09年度予算の財務省原案に約6億円をそれぞれ計上した。
 クラスター爆弾禁止条約に同意したことに伴う措置。
 多連装ロケットシステム用のM31ロケット弾と、戦闘機に搭載するレーザーJDAMを導入する。
 防衛省は8月の09年度予算概算要求で約73億円を計上したが、代替措置を急ぐ必要があると判断、大半を第2次補正予算に盛り込んだ。
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2008年12月19日 (金)

本日の「怒」081219/何のための強行採決? 民主党はどこを向く?


 昨日、民主、社民、国民新党が参議院に提出した雇用関連法案が、関係委員会で強行採決されました。はっきりいって、民主党が何を考えているかわかりません。衆議院で与党側が審議に応じるはずもなく、最初から成立することが見込めない法案を、社民や国民新党が強行採決に反対(社民は採決では賛成)する中で、与党の抗議を振り切っての採決です。強行採決の手法は、長年自民党が得意として来たところではありますが、与党との対決をことさらに強調するためだけに行なわれたこの事態、民主党は「自民党を一旦政権から下ろしたいので仕方がないから民主党に投票する」と考えている多くの「真面目な」有権者をなめきっているとしか言いようがありません。「政局より政策」と言いながら、なんら緊急対策を講じようとしない与党は論外ですが、民主党がこのように「自民党を追い込む」ことだけを考えた議会運営を続けるのであれば、事態を深刻に受け止めている有権者の心は民主党から離れてしまうでしょう。

 小沢代表が「私の息子も派遣で苦労している」と発言したそうですが、そもそも小沢家にいて生活に困っているわけではないでしょう。「遅くまで働いてわずかな給料。派遣の厳しさはよくわかっている」と言いたいのかもしれませんが、現状は働く場所だけでなく住む場所さえもない派遣労働者が爆発的に増えていることが問題なのです。小沢家の息子とはまったく次元が違う話なのです。「うちの息子も派遣で薄給だが、まだ働く場所があるだけ良い。それすら奪われている人たちが多いことを考えると、心が痛む。対策は一刻を争う」というコメントであるべきなのです。

 今日の報道では、失業率が比較的低いとされて来た日本で、若年層の非正規雇用の割合は欧州の平均よりかなり上回っていることがわかりました。「もの言わぬ」日本の民は、ギリシャのように暴動を起こしたりはしません。しかしその鬱屈したエネルギーがどこに向かうのか、とても恐ろしいものがあります。

2008年12月15日 (月)

本日の「怒」081215/これが景気対策?? 与党税制大綱のばかばかしさ

 去る12日、自民・公明両党は09年度の税制大綱を決めました。「景気対策のため」と称して減税のオンパレードですが、いったいこれのどこが景気対策になるのか、さっぱりわからないしろものです。民主党が高速道路の無料化や農家への所得保障(これにはこれで問題があります)を言い出した時には「ばらまきだ」と言って批判の嵐でしたが、でてきたものは「官僚が采配を振ることができる体制をしっかり維持した、財源なき、そして効果なきバラマキ」です。少し細かく検証してみましょう。

1)住宅および土地税制

 減税の最大の目玉がこれです。08年12月に終了する住宅ローン減税を、額を大幅に拡大して延長することが目的です。現行の減税は、ローンが残っている場合に所得税から最大160万を減税する、というものですが、これを10年間で最大600万まで拡大するものです。現在額が所得税額を上回った場合、住民税からも年間約10万円の減税を行ないます。これは、「所得税額が低い層にも配慮した」ということのようですが、実は昨年度からの税制改革で以前より所得税が減り住民税が増え、さらに住民税を元に算出される各種の保険も引き上げられていますから、結果的には「元に戻った」だけのものでしょう。

 この減税に対しては、すでにそのからくりを書きました。この減税、住宅ローンが多ければ多いほど減税額が増えますが、現在の経済状況で銀行はローンや貸し出しに慎重になっており、よほどの年収がないと恩恵は受けられません。ざっと計算すると、5000万以上のローン、年収にして2000万以上の層にしか「関係がない」のです。こんなローンを組める人は(特に現状の経済状況では)わずかな富裕層に限られます。それよりも、今必要なのは、「住宅を手放さなければならなくなる層への援助」なのです。特に、日本版サブプライムローンとも言うべき「ゆとり返済」のワナにはまったローンを抱えている人たちは、来年からさらに返済利率がアップします(2%から4%になる、など)。こうした層が、この不況下でローン破綻を向かえることは明らかです。仮にこうしたローンを利用している層の2割が破綻すれば、5万戸以上の中古住宅が「競売」や「任意売却」で市場に放出されます。中古住宅市場の軟化は、売却を控えた層を直撃し、新規の住宅市場を冷やすことにもつながります。こうした状況を放っておいて、富裕層向けの減税を「目玉」にすることが、自民党と公明党がどこを向いた政策をとっているかを象徴しています。

「目玉」がこれですから、以下の減税も酷いものばかりです。

2)低公害車向けの自動車取得税・従量税の軽減/免除

 環境のためにはいいことだと思いますが、対象となるのが電気自動車とハイブリッド車です。1台3000万と言われる電気自動車はともかく、この経済状態でプリウスを買える人はどんな人たちなんだろう、と思わざるを得ません。

3)資本金1億円以下の中小企業の法人税減税

 年間所得(売り上げから経費を引いたもの)800万以下の部分には、現在22%の軽減税率が適用されていますが、来年度からの2年間はこれが18%になります。しかし、中小企業の7割近くはそもそも赤字か法人税を払っていませんので、「困っているところほど関係ない」減税です。

4)海外子会社からの利益移転に対する減税

 海外子会社から国内の企業が配当を受け取る場合、現在は現地での法人税と国内の法人税の差額分が徴収されています。これが非課税になるわけです。輸出にさらに依存し国内の産業を後回しにする、とてもすばらしい減税です。

5)証券優遇税制の延長

 これは、麻生首相が就任直後から主張していたことです。株式の配当や譲渡益が100万円を超える層には、大変ありがたいものです。ちなみに、これだけ企業業績が悪化して配当が下がれば、配当でこれだけ「稼ぐ」ためにはいくら必要なのか想像がつきません。9月の時点では、いくつかの有名企業で計算したら、概ね額面5000万ほど必要でした。トヨタ株なら時価2億5千万くらいになりましょうか。

6)政治活動に対する寄付金控除の特例を5年間延長

 せっせと自民党に献金して下さい。税金が減ります。

7)整備新幹線と並行する在来線の固定資産税に対する特別処置の延長

 だから、新幹線をもっと早く整備すべきなのです。

8)生命保険と介護/医療保険の控除について4万円の別枠を創設

 ありました!!私のような所得でも関係がありそうな減税です!!これは、今年から増えた健康保険と介護保険の増加分がまかなえるかもしれません。いや、ありがたい低額給付金を足せば、ややおつりかな。

 さてみなさん、この減税案、どうおもわれますか?

2008年12月13日 (土)

本日の「怒」081213/本気か? 麻生首相の国際情勢の教科書は「ゴルゴ13」


 まずは、読売新聞12日付記事を引用します。

麻生首相、ゴルゴ13の魅力熱弁…参院財政金融委で
 「あれ以上、国際情勢が分かっている漫画はそんなにはない」

 麻生首相は11日の参院財政金融委員会で、愛読する漫画「ゴルゴ13」の魅力を語った。
 首相にこの話題を振ったのは、民主党の大塚耕平氏。狙撃手のゴルゴ13が依頼主との契約を必ず守ることに引っかけて、大塚氏が「首相も景気対策のミッション(使命)を果たしてもらいたい」と注文すると、「解散が(首相の)ミッションだ」というヤジも飛んだ。(読売新聞)

 麻生首相がマンガが大好きであることは知っていましたが、国会で「本気で」こういうことを言っているとしたら、頭のネジが外れているとしか思えません。実は、私もマンガは好きです。さすがに数は減りましたが、ビッグコミック、ビッグコミックオリジナル(これは表紙がかわいい)の2誌だけは、30年以上続けて読んでいます。「ゴルゴ13」も、同じだけ読み続けていることになります。

 ご存じない方に簡単に解説すると、このマンガ、基本的には実行不可能と思えるミッション(暗殺だったり狙撃でモノを壊したり)を、「ありえない」技術で達成する、というものです。時速500kmで走行するリニアに乗っている人を狙撃するなんていうのは序の口で、宇宙空間で衛星を狙撃する、壁や鉄のポールに何回か弾いて額に命中などなど、よくまぁこれだけ考えられるなぁ、と感心するような状況での狙撃が次々と登場します。ミッションは、そのときの国際情勢に合わせたものが多く、今回は金融危機下でタイミングよく空売りを浴びせて利益を出す謎の投資ファンドが登場。北京オリンピックの時には、チベット族が、資源高騰のときには穀物ファンドや遺伝子操作作物の話などが主役になりました。

 さて、問題は「ゴルゴ13が国際情勢を知るために役に立つか」です。答は「あり得ない」か「あるとしたら条件付き」です。

 まず、このマンガが扱っている「世界情勢」は、新聞を毎日読んでいれば当然頭に入ります。仮にこの漫画を読んで「世界がこうなっているんだ!!」と「知らないこと」を感じたら、その人は新聞レヴェルの情報にも疎い人だと断言できます。30年間読み続けていて、「へぇ・・・」と思ったことは、数回あったかどうか。新聞ぎらい(いや、朝日嫌いか?)の麻生首相、まさか世界情勢をこれで学んでいるわけではないでしょうね・・・

 そして、背景にある世界情勢の上にあるストーリーは、「よくある謀略もの」のパターンがほとんどです。イスラムの暗殺団が暗躍し、CIAやMI6が大活躍。ただし、穀物メジャーが世界の穀物マーケットを支配するために新種の植物を葬る(独占する)とか(大分前のストーリです)、石油資本が燃料電池自動車の開発を遅らせるためにゴルゴに試験走行の妨害(詳しくは忘れましたが、走行中の車の車体の下に特殊な弾丸を撃ち込むような感じだったと思います)を依頼する、など、実際にありそうなストーリーになっている点は、下手なスパイ小説より面白いことも少なくありません。

 しかし、ゴルゴを「国際情勢がわかっている」と感じるのだったら、大資本やアメリカなどの「大国」が嫌いになると思うんだけどなぁ・・・・

2008年12月 5日 (金)

本日の「怒」081205/石原都知事は、きっと参議院議員宿舎の建て替えに賛成するぞ・・・


 今日は予想ネタです。

 参議院議員宿舎の建て替えに「貴重な緑を守る」と言って反対している石原都知事ですが、そのうち賛成にまわるでしょう。理由は三つです。「参議院ともめたくない(間違っても、参考人などに出て行く気がない)」「息子の選挙が危ないので、自民党の都議や議員の助けが欲しい」「計画の変更という、賛成しても言い訳が立つ状況ができた」ということです。石原都知事は、もちろん環境を守ることには全く興味がありません。(外環道、中央環状線などの道路問題や、築地市場の移転問題などを見ればあきらかです。もちろん、スタンドプレーは大好きですから、ディーゼル車の問題などは自分のアイデア、手柄として誇っていますが)ですから、いろいろな事情が差し迫れば、前言を翻すことになんの痛痒も感じないでしょう。

 さて、あたるかな??

2008年12月 4日 (木)

本日の「怒」081203/別枠つくってシーリング維持???


 今日は、この国の政治の空虚さにまたがっかりさせられました。「シーリングを維持した上で、別枠で10兆円の雇用対策を」という意見が自民党内ででてきた、というのです。財源は建設国債だそうです。こんな「便法」に何の意味があるのでしょうか? 雇用対策が必要なのはハッキリしています。私も何回か書きましたが、数兆円以上の対策が必要になることは明らかだと思います。ですから、現状から言うと赤字国債の増発もやむを得ないでしょう。しかし、「シーリングは守る。時限対策なのだから、シーリングを破ったことにはならない。国債増発もシーリングと別枠だから問題ない」などと、本気で考えているのでしょうか。

 こうした意見が出てくる背景を考えると、その狙いがよくわかります。これは自民党の「分裂防止策」なのです。

 麻生首相が国民の支持を失っていることがはっきりしてから、自民党内は「麻生下ろし」「路線変更」を目指した動きが活発です。その中で問題となるのは、小泉政権での「300議席」です。「この議席は小泉改革への国民の支持だ」(本当は、こういうことではなくて郵政民営化だけなんですけどね)と訴える議員たちは、シーリングの撤廃や郵政民営化の巻き戻しには頑強に抵抗するでしょう。一方で、道路族や本来の自民党の利権に乗っている議員たちは、どうしても財政出動をしたい。こうした人たちは、表立って「シーリング撤廃」を叫んで実施してしまうと、いわゆる「小泉路線」支持派が分裂することを恐れているのです。小泉路線支持派にしても、単に「改革推進」を叫んでいるだけではダメなことはよくわかっています。ですから、「落としどころ」を探しているのです。

 こうした「政治家の勢力争い」で、言葉を変えた「国民騙し」が、これまでもたくさんありました。根本的に、この国の政治は腐っています。

2008年12月 2日 (火)

本日の「怒」081202/パフォーマンスはいらないんですけど・・・

 自分は人気があると錯覚していた麻生首相、支持率がどんどん低下する現状に焦っているのか、最近はパフォーマンスに熱心です。「両さん」ゆかりの商店街を訪れたり、昨日はロフトに「視察」にでかけて、雇用情勢について話を聞いたそうです。さらに、経団連の御手洗会長に、給与の引き上げと雇用の確保を要請したと報道されています。どうせ話を聞くのであれば、ロフトで働いている人ではなく、ネットカフェにでも行って実際に首を切られた人から話を聞くべきでしょう。それに、自社では如何にして法の目をかいくぐってでも利益を上げようとしている人に、給与の引き上げや雇用の確保を要請して何になる??? 

 以前から、政治家のパフォーマンスにはとても違和感を覚えています。食品が問題になると「安全だ」と言うために実際に食べてみせたり、災害の被災地に言って「視察」をするなどがよく取り上げられます。こうしたパフォーマンスを見ていると、何もできないことの言い訳にしか感じられません。

 9月に、「それでも自民党は大敗しないだろう」と書きました。しかし、麻生首相がここまでものが見えない人だとはわからなかった、と不明を恥じるばかりです。このまま麻生首相が居座ったら、ひょっとして自民党が歴史的な大敗を喫する可能性も否定できなくなってきました。その方が国民のためにはなりそうです。

2008年11月27日 (木)

本日の「怒」110827/これだけ本音を連発する首相も珍しいのだが・・・


 毎週のように新しい話題を提供してくれている麻生首相、こともあろうに、社会保障を議論する経済財政諮問会議でとんでもないことを言ってくれました。


「何もしない人の分何で私が払う」 高齢者医療に首相不満?
 「私の方が税金は払っている。たらたら飲んで食べて(健康維持に)何もしない人の分の金を何で私が払うんだ」。麻生太郎首相が社会保障を議論した20日の経済財政諮問会議で医療サービスを受ける高齢者にこう言及していたことが、内閣府が26日に公開した議事要旨で明らかになった。
 首相は「67歳、68歳になって同窓会に行くとヨボヨボして、医者にやたらかかっている者がいる」と指摘。「彼らは学生時代はとても元気だったが、今になるとこちらの方がはるかに医療費がかかっていない。それは毎朝歩いたり何かしているからだ」とも語った。(11月27日日経新聞)


 野党だけでなく与党からも批判(呆れ?)の声が上がっているようですが、この記事を読んで少し考えてしまいました。小学校の頃から学習院に通っていた麻生首相、同窓会と言えば、学習院か(はたまた、大学院を出たスタンフォード??)のことでしょう。麻生首相の時代に学習院に通っていたのですから、かなりのおぼっちゃま(おじょうちゃま)の集まりだったのだと思います。そういう層の人たちが、「みんな70前によぼよぼ」なのだとしたら、確かに自業自得の部分があるのかもしれません。経済的に恵まれず栄養も取れない、必要な医療を受けることもできなかった、という人は、とても少数だと思われるからです。「金があるならフィットネスに通え! 良いものを食べろ、そういう努力を怠って医療費をばかばか使うなんて、お前ら、上流階級の自覚がないのか!」と、言いたかったのかもしれません。「俺は、それを考えているから、毎日、一流の店にしか行かないんだ」なるほど。

 麻生さん、でも、みんながあなたと同じ境遇にあったわけではないのです。このお方は、日本国の首相というより、学習院のOB会長がお似合いなんでしょうね。

2008年11月26日 (水)

本日の「怒」081126/麻生首相の本音か?


 25日付日経新聞:

麻生太郎首相は25日、今年度第2次補正予算案の今国会提出を見送り、来年1月召集の通常国会の早期に提出する考えを表明した。首相官邸で記者団の質問に答えた。
 首相は2008年度第2次補正予算の今国会への提出見送りの理由について「生活対策や金融機能強化法が成立した場合の予算、08年度の税収大幅減の対応が合わせて確定するのが12月の20日ごろだ」と指摘した。同時に「税制改正と09年度の予算案の編成に全力を挙げたい」と述べた。
 「政局より政策」との首相の主張と矛盾がないかと問われると「1次補正予算(の成立)でかなりの部分が進んでいる。企業経営者に聞けば、きちんと対応していると答えるはずだ」と語った。首相官邸で記者団の質問に答えた。(16:48)

 またもや「うーん」です。「1次補正予算でかなりの部分が進んでいる」はぁ????現状の政策で、この状態が乗り切れると思っているのでしょうか・・・

 それよりびっくりしたのは、「企業経営者」のくだりです。やはり、この方の頭の中には、「企業経営者に使われている人々」のことはありません。もちろん、企業経営者が現状の政策で満足しているともとても思えないのですが。本当は何を考えているのか、本音を聞いてみたいですね。(さすがに、これが本音であるほどものが見えていないとは思いたくないのです。これが本音なら、一刻も早く辞めるしかないでしょうね。)

2008年11月18日 (火)

本日の「怒」081118/政局ではなかろう・・・麻生、小沢会談


 昨日、民主党の小沢代表の申し入れで、麻生、小沢両党首の会談がありました。席上、小沢代表からは、「第二次補正予算を今国会に提出すること、そうでなければ、参議院での審議促進に協力することはできない」という申し入れがあり、麻生首相からは「二次補正と参議院での審議は別もの。補正は努力している最中だ」との答があったそうです。お二人の心中を描けば、こんなところでしょうか。

小沢代表「二次補正を今国会にすみやかに提出すべきである。経済情勢を解散を先送りした理由にしたのに、肝心の経済対策を置き去りにするのはおかしい」(正論を言えて助かった。このまま来春まで解散が伸びたら、うちの若手は干上がってしまう。解散に追い込むネタを仕込むには、国会審議をしなけりゃならんからなぁ。国会さえ開いていれば、給付金のドタバタも、内閣府一致も、田母神問題も、それに、矢野元公明党委員長や石原東京都知事の参考人招致も射程に入れられるし。追い込むことは簡単だ。だけど、来春になって給付金が実際に配られたら、瞬間的には支持率が上がってしまう危険性もある。そうなったらやりにくいだろう)

麻生首相「二次補正については、提出すべき努力をしている」(やばいよなぁ。公明党の言うように金さえ配っておけば、下々のものは従うと思っていたのに・・世論調査の結果がなぁ。今、解散したら、せっかく手に入れた椅子を手放すことになるから、何としてでも解散は先送りにしないと。どうせ二次補正をやったからといって、経済状況が劇的に良くなるわけじゃないし)

小沢代表「こういう状況では、参議院の審議には協力しかねる」(解散するというから、給油法案の採決をしてやると言ったのに、こいつの言うことはころころ変わるからなぁ。ここで国会を閉じられてしまったら、自民党の議員に地元対策の時間を与えてしまうことになるし。)

麻生首相「経済対策と参議院の審議は別であり、からめるのはおかしい」(そんなことを言われても、解散の危険を冒すわけにはいくまい。しかし早まったなぁ・・解散を来春以降に、なんて、一昨日言うんじゃなかった。給油法案の採決の後に言えば、結果的に騙せたのに、失敗だ)

 心理描写の必要がないほどみえみえの「茶番劇」。こんなものを見たいわけではないのですが・・・それにしても麻生さん、産經新聞ですら、「経済対策をやれ。民主党にも一理ある」って言ってますよ!!


2008年11月14日 (金)

実現できればこれだけでも歴史に残る・・・が/農水省と国交省の地方局の廃止


 麻生首相が地方分権改革推進委員会に、農水省地方農政局と国交省地方整備局を廃止するための検討に入るように指示しました。これが実現すれば、麻生首相は評価を語り継がれる存在になるでしょう。しかし、本当に実現できるの???

 地方農政局が「有名に」なったのは、偽装米の事件でした。「担当の農政局が何十回(60回くらいでしたっけ?)も検査に入っても事故米の転用を見抜けなかった、農政局は仕事をしているか」ということで話題になったのです。しかし、この件に関しては私は農水省の発表を鵜呑みにはしていません。事故米を食用に転用するように指示した通達(農水省は記述ミスと言っているようですが)が存在している以上、地方農政局は事故米を販売した先に「形式的に」検査に入っただけだろうと思うからです。バレたのが不幸だった、とでも思っているかもしれません。

 地方農政局や地方整備局の廃止が俎上に上ったのは、二重行政の無駄と弊害がひどいからです。国と地方の役割分担が不明確で、似たような仕事をする組織がダブっているからです。こうした例は他にもあります。有名なのは「農道」と「道路」の関係でしょうか。最新の農道と一般道路が平行して走っている例が盛んに報道されていました。

 この「道路」だけでなく、港湾、空港などの施設、ダム、河川の管理などを行なっている巨大組織が国土交通省の地方支局である地方整備局です。建設関係や河川の管理、道路や空港などの各部に分かれていて、莫大な予算と人員が割かれています。河川の管理では、河川管理を展示しているゴージャスな展示館などの無駄が、また道路ではミュージカルなどの無駄が指摘されてきました。もちろん、全く飛行機が飛ばない空港や、船が入らない港などを管理する重要な任務もあります。

 本当に必要なものを地方自治体に移すことでこれらの組織がどれほど不必要になるか、素人の私には想像もつきませんが、半端なものではないでしょう。問題は広域河川の管理くらいでしょうか。これにしても、自治体が協力してネットワークを作ることで解決できるのではないかと思います。無駄なダムなどの事業も、自治体が中心になれば減少するはずです。

 こうした巨大な組織に手を付けようとした麻生首相の発言には敬意を表します。しかし、官僚組織の反発は生半可なものではないでしょう。道路公団や郵便局の民営化とはけたの違う抵抗があるはずです。就任以来、発言が二転三転している麻生首相ですが、果たしてリーダーシップを発揮することができるのでしょうか。それとも、また、前言を翻すことになるのでしょうか。
 

2008年11月13日 (木)

本日の「怒」二発目081113/経済対策のために解散を延期したんじゃないの?


 麻生首相は、どうやら今年中の解散を見送ったようです。しかも、景気対策の柱としていた第二次補正予算の審議を、年明けまで引き延ばす方針にしたと報道されています。「あれ?」と思われた方も少なくないでしょう。「景気対策のためには解散なんかやってる場合じゃない」と言った政府・与党の発言は何だったのでしょうか。肝心の景気対策の審議は「国会を開くと解散に追い込まれる可能性があるので」見送るようですが、ここまで立て続けに嘘をつき続けている内閣も、なかなか珍しいですね。

2008年11月 5日 (水)

本日の「怒」081105/返せばいいわけ?政治家の結果無責任


 いわゆるネットワーク商法に加担していた民主党の議員が次々と明らかになっています。今日の報道では、民主党のネクストキャビネットの経済産業担当である増子輝彦参議院議員が、監査役を務めていたマルチ商法で業務停止命令を受けたインターネット器機販売会社から受け取った報酬を返却することにしたそうです。ネットワーク商法との関連が明らかになった議員は他に、前田雄吉衆議院議員、山岡賢次衆議院議員、藤井裕久衆議院議員(いずれも民主党)、野田聖子消費者担当相などですが、特筆すべきは民主党の4人でしょう。

 この4人には共通点があります。出自は、自民党→新生党→新進党→自由党→民主党と小沢代表と歩みを共にした藤井、山岡議員、日本新党→民主党の前田議員、自民党→新党みらい→民主党の増子議員と若干の違いがあるものの、すべてが小沢代表の側近とも言うべき人物たちである、ということです。(小沢代表自身も週刊現代で疑惑を追及されていますが、明確な回答がないようです。)また、前田、増子両議員は、他の多くの議員(自民、公明、民主/ちなみに、野田聖子大臣も)とともに、パチンコ・チェーンストア協会のアドバイザーを務めています。

 ネットワーク商法が健全であるかどうかについては、私はこれらの議員たちと見解を異にします。国会の質問などでも明らかになりましたが、民主党の議員たちや野田大臣は、「ネットワーク商法すべてが悪いのではなく健全なものもある」と考えているようですが、私は現状のネットワーク商法であつかわれているものは、ほとんどすべてに問題があると思っています。この点については詳述しませんが、現実問題として被害者が続出している会社を堂々と会員に抱えている(会員企業はなぜか非公開です)と考えられることだけでも、目的が「健全なビジネスを推進する」ものとは思えません。こうした業界から多額の献金を受け取って政治活動を行っている議員が、国民や消費者の視点に立った行政を推進できるはずがありません。パチンコ業界にしても、です。

 これまでも、企業からの献金が問題になると、「返金すれば責任ととった/辞めればよい」という風潮がありました。しかし、今回の問題はそういうことではないと思います。上記の議員は、「私はネットワーク商法を推進します」「パチンコ産業の健全な育成のために努力します」ということを堂々と有権者に述べて選挙に臨むべきだと思うのです。

2008年11月 1日 (土)

なぜこんなにも自分の国に自信がないのだろう/田母神幕僚長の論文と更迭


「日本は侵略行為を行なっていない」という主旨の論文を投稿したとして、田母神航空幕僚長が更迭されました。この手の発言で職を追われた政治家や自衛隊幹部は数多くいますが、その度に私は暗澹たる気持ちになり、哀れさえ感じます。今回の論文は、これまでの発言の中でももっとも幼稚なもののひとつだと思いますが、それにしても、こうした発言をする人たちは、なぜ「日本」という国に対してこれほどまでに自信を持てないのでしょうか。そして、「自信が持てない」理由を考える思考力がないのでしょうか。今回の論文の審査委員長が元上智大学教授の渡部昇一氏である、というところは「納得」なのですが、「多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に見ていることを認識する必要がある」というくだりなどは、ストーカーの男が「本当は彼女は僕のことを愛しているんだ」と思い込んでしまう構造と同じでしょう。

 このような発言の精神的背景には、「自分の国が悪いことをしたと認めてしまったら自分の立場が危うくなる」という「弱さ」があります。「自虐史観」という言葉を好んで使う人たちがいますが、「過去に悪いことをした」と認めることはなんら「自虐的」ではなく、「悪いことをしたと認められない」ことこそが「自虐的」なのです。自分に自信がある人は、他者から批判されたとき、「きちんと反論する」か「批判を正当なものと認めて自分の中に取り込んで成長する」ことができます。しかし、批判されると一種のパニックに陥り批判すること自体を認めようとしない人たちは、こうした検証作業をする能力に欠けているのです。

 政治も経済も、ある意味で人間が作り出した「文化」です。「文化」という言葉を拡げると際限がなくなるのですが、日本のさまざまな「文化」に対して愛情や誇りを感じることは素晴らしいことだと思います。私自身、和食を食べたり料理をしたりするとき、日本人が作り上げたこの素晴らしい文化を感じます。建築や美術、芸能の世界にしても同じことだと思います。日本人は、多様な「文化」「価値観」を柔軟に取り入れ、それを独自の力で発展させてさまざまな文化を作り上げてきました。その結果として、世界に誇れる「文化」を持つことができたのです。私は、このような日本が素晴らしい一面を持っていると思いますし、そのことは誇りでもあります。そして、その「自覚/自信」は、日本がアジア諸国に侵略行為を行なってかの地の民を苦しめた、ということを認めることによって、少しも揺らぐものではありません。

 こうした発言をする人たちは、日本という国や文化について自信を持つことができないのです。だから、「悪いことをしたのだ」と認めてしまうと、自分のアイデンティティーが崩れ落ちてしまうような恐怖心を感じるのでしょう。可哀想なものだと思います。


2008年10月30日 (木)

本日の「怒り」/誰も麻生内閣なんて信任してないぞ


 日々の「怒り」を、短いものにして別に書くことにしました。今日のテーマは「解散見送り」です。

 文芸春秋に臨時国会冒頭の解散を宣言した麻生首相、就任のご祝儀支持率が思ったほどではないことに怖じ気づいて、金融危機を口実に解散を先送りにしてしまいました。国会での矢野元委員長の参考人招致を恐れている公明党や、持久戦になると資金が持たないとも言われている民主党は、当てが外れてかなり慌てているのではないかと思われます。しかし、それよりも・・・

 現在の国会の構成をもう一度おさらいしておきましょう。衆議院は自民党が単独で3分の2の議席を維持しています。これは、2005年の小泉政権下での「郵政選挙」で自民党が大勝したときの議席。参議院は、民主党などの統一会派が半数弱(118)で自公で100ちょっとという議席数。これはご存知のように、安倍元首相が政権を放り出すきっかけとなった昨年夏の参議院選挙の結果です。改めて言うまでもありませんが、300議席は「郵政民営化、可か否か」という小泉元首相の問いかけへの国民の答でした。しかし、現在は当時の国民が拒否した郵政民営化反対派も、堂々と300議席を背景に閣僚の席に座っています。世の中ではこのようなことを「詐欺」と言うのですが、政治の世界では通用しないようです。

 解散は、時の首相が自分にとっていちばん都合が良い時に行なうものであることはわかります。それが如何に国民の願いから乖離していたとしても、政治家は権力を握ってなんぼのものですから。それにしても、言うことを変えてもしゃあしゃあとしている麻生首相、総理になってからますます人相が悪くなって来たと感じるのは私だけでしょうか?

 一月ほど前に、「それでも自民党は大敗しない」と書きました。政治を意識するようになってから30数年間の選挙を思い出してみると、選挙のタイミングが上手い、ということも重要な要素だということに気がつきました。高速道路を走り放題にして、戻し税で何万円かを配ったところで解散! ということになれば、やはり自民党は負けないでしょうね。それが、政党のための政治なのです。

2008年10月11日 (土)

国会論戦のおそまつ/この人たちは何がやりたいのだろうか・・・

 今に始まったことではないのですが・・・国会でのやりとりを見ていると、とても悲しくなることがあります。国会中継を延々と見ている暇はないので、朝晩のニュースや新聞などで見聞きしている範囲しか具体的な発言は知りませんが、それにしてもお粗末です。気がついた二つの質疑応答を取り上げてみます。

●その1:麻生首相 Vs 長妻議員(民主)

 長妻議員は「ミスター年金」と呼ばれている民主党の「顔」のひとりです。今回の質問も、75分の持ち時間のうち40分が年金問題に当てられたようです(読売新聞)。社保庁によるデタラメな年金運営や厚生省のずさんな管理運営を考えると、これでも足りないぐらいでしょうが・・・

 さて、私が気になったのは直接的に年金の問題ではありません。野党が官庁に「質問/情報の公開」を求めた時に、その回答を事前に自民党の国対に見せていた、という問題について質問していたときのことです。

長妻議員「チェックする意図ではないのであれば、事前でなくても事後でいいはずでしょう」
麻生首相「事後でいいなら事前でもいいでしょう」

 この麻生首相の答弁を聞いて、思わず目が点になってしまいました。この人は、「頭が本当に悪い」のか、「国会の審議などで真面目に答えるつもりがない」のでしょうか。いずれにしても、まともなやりとりではありません。

●その2:麻生首相 Vs 菅議員(民主)

 言葉遣いまでは忘れてしまいましたが、菅議員、「総選挙で民主党に勝つことが天命」という麻生首相の発言を取り上げて、「それなら解散したらどうですか」と詰め寄りました。「いつ解散するのか」「解散をしなさい」と、3、4回にわたって続けていたのです。麻生首相は(理由はどうであれ)「解散の日程は考えていない。解散は私の専決事項」と、国会でも記者会見でも繰り返し言ってきました。それなのに、予算委員会の限られた時間で、何回も同じことを繰り返す菅議員の質問を見ていて、「何とレヴェルの低いことか」と呆れてしまいました。日本の国会審議は、ただでさえ「形式的」であることが多く、時間も制限が厳しいのです。もっと有効な質問、必要なやりとりがいくらでもあったはずです。

 最近の国会審議は、実につまらなくなりました。自説をとうとうと述べるだけ、週刊誌の報道の復唱、水掛け論になるような追求の仕方など、本当にレヴェルの低い「論戦」が多いように感じます。答弁を役人に作らせてまる読みするだけ、真面目に答えない、など、与党側に問題があることが多いのも確かですが、野党の側も情けない限りだと思います。

2008年10月 7日 (火)

小泉劇場の終演/その4

【4】小泉流「構造改革」の本質

 自民党の総裁選挙で、小泉路線の継承者とされている石原伸晃候補が、「アメリカを見て下さい。札束で頬をひっぱたくことを許すような社会でよいのでしょうか」と絶叫しているシーンが放映されていました。直前を見ていなかったので前の文脈はわからないのですが、ちょうど「リーマン・ショック」の直後だったので、アメリカの金融市場を批判している話だったように思います。私は思わず吹き出してしまいました。小泉路線が目指したものは、まさにアメリカ流の社会、経済体制だったのではありませんか? 一方で「改革を止めてはいけない」と叫びながら、「アメリカを真似するな」とは、完全に自己矛盾です。

 小泉政権が目指した「聖域なき構造改革」の本質とは、まさにアメリカ式の発想を日本の社会に持ち込むことでした。「勝ったものが正義」「貧乏なのは努力しないからだ」という考え方がベースにあるアメリカ社会の構造を賛美し、日本を弱肉強食の社会に変革することがその本質なのです。経済分野で小泉路線の旗ふり役であった竹中平蔵元経済政策担当大臣は、1月1日付の住民票をアメリカに置くことで「節税」を行なっていましたが、こうした「努力」を許容する社会を目指したとでも言うのでしょうか?

 構造改革が目指したものは、「官から民へ」(郵政民営化を始めとする小さな政府を目指すことが中心)「三位一体の改革」(中央から地方へ/中央の権限を地方に移譲することが中心)です。「官から民へ」には、道路公団や郵政民営化などのように組織を民営化することと、政府による各種の規制を減らし民業に対する政府の介入を減らすことが二つの柱でした。「小さな政府」は、アメリカであれば共和党の「お題目」ですが、その考え方の背景には、「経済は放任しておけば成長する」「努力をすれば成功する」という「神話」があるのです。その「神話」は、アメリカのクレジットクランチで、儚くもくだけ散りました。やりたい放題に資金をもてあそび、実体経済を無視した無理な投資を促した結果が、これだけ悲惨な金融バブルの崩壊につながったのです。小泉政権が目指したものは、まさに崩壊直前のアメリカ型の市場なのです。

 郵政民営化や道路公団の分割民営化は、無駄を減らす方向には全く進まず、形だけ民間企業になる形で終演しました。特に道路公団は、民間企業になってある意味で「やりたい放題に」なり、自社の利益をこれまで以上に追求することになるでしょう。郵政民営化は、既述のように、民業を圧迫して弱者を切り捨てる体制を作り上げました。小さな政府を目指す政策は、最小限必要な行政サービスさえ続かなくなる方向に大きく舵を切り、地方の医療体勢は崩壊し、生活保護を申請させない、障害者の「自己負担」を増やして社会参加の道を閉ざす、などの弱者を「恐れることなく」切り捨てる政策が次々と実施されたのです。

 一方で、大企業が企業の体質を強化できる(国際競争力を強化する)ために施策には熱心で、「柔軟な労働力の確保」を目指して非正規雇用を増やすための「規制緩和」が行なわれました。結果として、経団連会長率いる大会社が行なったような違法な雇用も「堂々と」まかり通り、結婚もできない若年労働者層を大量に生んだのです。また、タクシー業界の規制緩和は、低賃金に喘ぐドライバーを量産しました。タクシーの運転手を相手にする闇金が跳梁跋扈し、生活を蝕んでいます。

 小泉路線の支持者は、「改革には痛みが伴う。それから逃げてはいけない。このまま改革を押し進めれば、必ず良くなる」と言っています。果たしてそうでしょうか。小泉改革は、持てるものを優遇し、持てないものを切り捨てる結果を生みました。確かに、一時的に雇用が「統計上は」回復し、大企業の業績はアップしましたが、その裏では、毎年3万人以上の自殺者を生む構造/若者が将来に対して希望を持てなくなる状況/地方が活力だけでなく生活の基礎的な基盤さえもなくしていく流れ、を加速させて来たのです。人件費を削れば企業業績は上がります。しかし、大きな目/長い目でみれば、給与を削り負担を増やすことで、経済の基礎とも言うべき個人消費を向上させる可能性を持つ者をどんどん減らしているのです。痛みを耐える力がないものに痛みを強いて殺してしまう、そんな政策だと言わざるを得ません。

 最近になって、小泉政権下で破壊された日本の社会が少しずつクローズアップされています。閉鎖された病院や小児科医や産婦人科医がいない「総合病院」が激増している中で、一泊何十万もする検査をしてくれる病院や、高級ホテルかと見まごうばかりの設備やサービスを誇る産科病院が繁盛しています。病院が閉鎖されて行き場をなくした老人や、負担に耐えかねて病院に行くことすらままならなくなった老人が増えている一方で、億を超える入居金が必要な高級な老人施設も繁盛しているのです。給食費が払えない家庭が増えている一方で、恐ろしく高い授業料のエリート校が大人気です。東京の中心では他人のお金を動かして年収何千万という人たちがうろうろしているのに、一万円が作れなくて苦しんでいる人が増えているのです。これは、明らかに「人災」です。

「小さな政府」という考え方は、基本的に「経済主体は信頼できるものである」という前提によって成り立っています。特に、経済を大きく動かす主体(大企業や金融機関)が適正に利潤を求めて活動すれば、経済全体が活性化して発展する/経済の成長が国民全体の生活を豊かにする、という構造がその根本にあります。しかし、企業が利潤を追求する過程では、利益が対立する構造が当然のように発生します。安い労働力を使えば企業や株主は儲かりますが、労働者の生活水準は向上しません。御手洗氏の工場で作られた製品を、そこで働いている非正規雇用労働者は買うことができないのです。過疎地に郵便物を届ければ赤字になるに決まっています。さらに、金融市場はさらに「博打打ちの巣窟」になってしまいました。「どのようにもうけるか」ということだけが、全てのものを計るスケールになってしまったのです。政府が何のために存在するのか、という大きなテーマに関わることですが、現在の状況を「もっと規制緩和をして経済主体を自由に行動させるべき」ととらえる、いわゆる小泉路線の継承者たち、御手洗氏を始めとする経済界のお偉方は、こうした事態をどのようにとらえているのでしょうか。真剣に悩んでしまいます。

 さて、小泉政権とは何だったのか、ということについて考えてきました。思いがけず、米国のクレジット・クランチが、小泉路線が目指して来たアメリカ型経済がどのようなものであったかを証明してしまいましたが、失われた時間や構造は小さくありません。破壊された日本の社会がどのように立ち直れるのか、これからの政治/経済の力量が試されることになるでしょう。

2008年10月 2日 (木)

小泉劇場の終演/その3

【2】実質的に公約を全く守らなかった小泉首相

 小泉首相の初期の公約を覚えていらっしゃいますか? 主なものを列挙してみましょう。

1) 終戦記念日の靖国参拝
2) 内閣改造はしない
3) 国債枠の堅持
4) 構造改革

 さて、1、2、3については論じるまでもありません。公約の是非はともかく、選挙民との約束を「その程度のこと」と自ら語る小泉首相に公約を守る気がさらさらなかったことは、小泉政治の4年間に「自らの言葉によって」はっきりと立証されました。

 4の構造改革も、まやかしと日本にとってマイナスだらけだったことがはっきりしました。道路公団の問題では、ブレーンの猪瀬直樹氏を表に立てて、あたかも道路官僚と戦う政権を演出したものの、道路事業の最大の問題である政治家との癒着については、全く触れることはありませんでした。特殊法人は、1つの例外を除いてすべて現状のまま(看板だけを掛けかえて)維持し(ものによっては、さらに天下り先を増やしている)、地方への権限委譲は、財務省の論理(中央の負担だけを減らして実質的に財源を移さない)で進められているのです。

 敢えて言えば、「構造改革」の部分でなされたことはたくさんあります。生活苦から多重債務者へと多くの労働者を追い込んだタクシーの「規制緩和」。正社員を減らし不正規雇用を増やして地球環境を守るために(?)人口増加への道筋を閉ざし、大企業の業績アップに貢献した「労働分野での規制緩和」。このあたりのことは、別項で詳しく述べてみたいと思います。

【3】破綻した外交

 イラクへの自衛隊派兵が、ブッシュ大統領へ追随と、海外派兵の実績を作りたい防衛族の論理だけで強行されたのは明らかですが、その他の外交懸案も、小泉政権の5年間に完全に破綻しました。小泉政権の5年間は、ただでさえ三流だった日本の外交を、さらに大きく貶めたのです。以下が小泉政権の「外交成果」といえるでしょう。

1) 人気取りを優先した中途半端な北朝鮮へのアプローチで、拉致問題の解決を遠のかせただけでなく、六カ国協議での日本の立場をなくしてしまった
2) アメリカ追随のイラク政策で、イスラム社会の親日の雰囲気を完全に破壊し、中東問題などへのコミットメントを困難にした
3) 近隣諸国を徹底的に無視、軽視した政策を続け、中国を反日に、韓国を北朝鮮寄りに追いやった
4) アジア軽視の外交を続け、東アジア諸国の日本への信頼を裏切り、多くのアジア諸国に中国を向いた政策を選択させた
5) アメリカの日本(小泉)重視の意味を見誤り、主張すべきことを主張できなくなった。具体的には、日本が深く関わる米軍再編への発言力をなくし、牛肉問題に象徴されるアメリカのエゴに対抗する手段を打ち出せなくなった
6) 対ロシア政策の混乱で、北方四島の返還への道筋を描けなくした
7) 国連を軽視するアメリカに追随する一方で、国連安保理の常任理事国になることにこだわるという矛盾した政策を強引に進め、国際社会における日本の位置の軽さを証明した

 はっきり言って、小泉政権での外交成果と呼べるものはひとつとしてありません。外交成果をあげる間もなかった短命政権を除けば、これほど後ろ向きの結果しか生まなかった政権は初めてではないでしょうか。冷戦構造が崩壊して、地域バランスや国家の独自政策の意味が大きくなって以来、日本の外交能力の欠如はさらに突出して目立つようになっていますが、その中でも、この混乱ぶりは特筆に値すると言えます。

 その大きな理由のひとつは、今まで外務省主導で行われていた外交が、官邸主導の方針と対立したり、並立したりしたことにありそうです。小泉首相の「カン」と「独断」が、それまでかろうじてバランスを取り繕ってきた外交運営を「破壊」したことが理由だと思うのです。

 もっとも、旧来の外務省主導の外交がうまく機能してきたかというと、もちろん「否」です。本省と議員の顔色ばかり伺う外交官を量産してきた結果でしょうが、自国民の保護より物見遊山の議員の接待を重視するような外務省なら、破壊しても良いのかもしれません。しかし、そうした部分は温存したままで、単に方針だけがバラバラと官邸から出てしまい、単に「引っ掻き回した」だけで終わってしまったのです。

 アメリカを見誤ったことも、小泉外交の大きな問題点です。アメリカという国、特に近年の共和党政権がどのような外交政策をとってきたかを理解すれば、アメリカにすり寄ることは単にアメリカの国益に沿うように利用されることだということが、素人にもわかります。アメリカにとっては、正義とは即ちアメリカの利益に他なりません。小泉首相をブッシュ大統領がどんなに褒めちぎっても、国連安保理の常任理事国には「してもらえない」し、日本のために牛肉の安全性を高める努力をすることは決してないのです。沖縄の基地が、沖縄の住民にとって良い方向に再編されることなどあり得ないのです。

 小泉政権が終わってから2年程経った今になって、小泉政権下での外交の失敗が次々に露呈します。当然のこととは言え、寂しい限りです。

2008年10月 1日 (水)

小泉劇場の終演/その2

(3)道路公団

 毎日のようにニュースやワイドショーで報道された道路公団の民営化ですが、「民営化はしたものの本質は全く変わらず」という結果に終わったことはみなさんよくご存知のことだと思います。「必要な道路は作る」という政府・与党の方針は、これまでの道路行政を肯定してその延長線上にこれからの道路政策を立案する、という国土交通省の思惑通りの結果を残しました。莫大な税金を投入して赤字体質の道路を造り続け、無駄なハコものや「道の駅」などを乱立させて民業を圧迫し、随意契約で子会社にバカ高い金を払い続けて天下りを養って黒字をプールする、という本質的な問題構造は何一つ変化しませんでした。

 盛んに報道されたことなので記憶に新しいと思いますが、道路施設協会などの「天下り用子会社」は莫大な資金をどぶに捨ててきましたが、この仕組みは名前を変えて(道路施設協会は高速道路は「道路サービス機構」「ハイウェイ交流センター」に衣替えし、さらに三つの高速道路会社の子会社と「高速道路交流推進財団」にそっくり引き継がれた)残されました。子会社や「財団」「協会」という不要なものを乱立させて天下りの確保/資金のプールをする、という根本的な「腐った」部分は手つかずなのです。「無駄な道路は作らせない」「天下りと資金のプールを廃絶する」と、かけ声勇ましく進められた改革は、結局、このような結果を生みました。これからも、バカ高い税金を払いながら、道路に群がる人々を養っていく構造が変わらないでしょう。

 小泉元首相は、かけ声はいさましかったものの、細部は全て「丸投げ」し、結果についても何も語っていません。石原都知事に乞われて東京都の副知事ポストを「得た」猪瀬直樹氏も、「手を付けた」ことを自画自賛するだけで、基本的には結果について語りません。いえ、語れないのでしょうね。

(4)郵政

 さて、本丸の「郵政」です。「郵政民営化、イエスかノーか」という詐欺的なアジテーションで300議席を獲得した小泉元首相ですが、その議席が結果的にどのように利用されたかは、みなさんもよくご存知でしょう。直近の民意を無視し、選挙の洗礼を受けない首相が二代続けて政権を放り出す、というお粗末。

 郵政選挙の異常ぶりは、歴史に残るのではないかと思います。連日、マスコミは小泉劇場を盛り上げる舞台装置のひとつになり、他人の言うことを全くきかないですぐに切れる山本一太参議院議員などが、連日、郵政民営化に反対する議員や候補者を罵倒し続けました。私のまわりでも、若い層が「今回は、選挙に行って自民党に投票する。小泉さんってなんかやってくれそうだし、郵政は民営化しなきゃいけないから」と、普段選挙に行かない人たちもたくさん自民党に投票したのです。そういう人たちに「郵政民営化ってなぁに?」と聞くと、「よくわからないけど、いいことでしょ?」と返事が返って来るのです。マスコミが作り上げた「雰囲気」に中身がよくわからない層が迎合した、というのが実態でしょう。

 さて、郵政民営化の本質は何だったのでしょうか。順に検証していくことで本質が見えるでしょう。郵政選挙での主張を見直してみます。以下は、選挙直後に走り書きをした未発表の文章です。3年前のものですが、本質を理解するためには役に立つでしょう。


1) 「民間にできることは民間に下ろす。結果として、小さな政府を目指す」という主張の問題点

A) 郵政事業には1円の税金も投入されていない。だから、民営化して国民の利益になることはない
B) このままだと、将来的に赤字になることが確実。第二の国鉄になる前に民営化する必要がある

 これは、あるテレビ討論で、荒井参院議員(反対派の旗頭の一人)と公明党の幹事長(だったか・・忘れた)の議論の一部である。これだけを取り出せば、はっきり言って与党の勝ちだろう。現在黒字でも、将来の赤字が確実ならば、早めに手を打つことが必要なのは明らかだからである。しかし、この議論には重大な点の見落とし(あるいは、意図的な隠蔽)がある。なぜ現時点で黒字のものがこのままだと将来赤字になるのかということと、民営化すると黒字を維持できるのかということである。この点を踏まえて考えると、議論の行方は怪しくなる。

 現在黒字である郵政公社の事業が赤字になるとされている論拠は、主に

ア) 公務員のままだと効率の良い経営ができない
イ) 競争が激化している宅配事業などでの機敏なサービスができない
ウ) グローバルサービスの維持が負担になり、美味しいところ取りをされてしまう危険性がある
エ) 主力の郵便事業は現在も赤字である

というものである。そして民営化すると、これらの問題が解決するのだと主張し、例として国鉄の民営化や道路公団の民営化が上げられている。曰く「国鉄は民営化したから黒字になってサービスも良くなった」「道路公団は、民営化の道筋がついたから、過去の膿を出すことができた」。はたしてそうだろうか。

 まず、国鉄と道路公団の民営化の結果を、もう一度振り返っていただきたい。

 国鉄が民営化して黒字になったのは、大規模な非人間的なリストラ、過去の借金の帳消し(税金での負担)、赤字路線の徹底的な廃止、安全を無視した効率優先主義の結果である。

「国鉄は民営化して成功した、だから郵政事業も民営化すればうまくいく」と選挙中に絶叫していた候補者は、廃止されたローカル線の沿線住民や、JR宝塚線の被害者や遺族に向かって同じことを言えるだろうか。赤字をすべて帳消しにして、儲かる路線だけにスリム化し、その上で、安全性が損なわれるほど人員を削減すれば、どんな愚鈍な経営者が経営しても黒字化するのは容易だろう。

 民営化して安全に対する意識が低下したことはいろいろなところで言われているが、私にも経験がある。2年ほど前のことだ。常磐線の特急で上野に到着した時に降りようとした時、先に足の悪い老人が先に降りようとしていたので、少し待っていた。折り返し運転をするための車内清掃のために、ドアを閉めるアナウンスがあって、老人が降りた直後、私の前でドアが閉った。車内には、数人の乗客が残されていた。清掃のために開いていたドアから降りた後、ホームにいた駅員に注意すると、「降車の確認はした。降車に間を空けすぎると閉めてしまうことがある。できるだけ間を空けずに降りてほしい」という返答。しかし、私は先に降りた老人とそれほど距離をとっていた訳ではない。その前はかなり開いていたが。そこで、実際にどのように確認したのかを問うと、しどろもどろになってしまった。結局、ホームの責任者が来て言ったことは「人員が足りないので、降車の確認を十分にすることは不可能だ」と開き直られてしまった。次にまた足の悪い人が降車しようとしていたら、事故になっていたかもしれない。これが、サービスの向上の結果である。

 道路公団の問題に至っては、笑うしかない。民営化して過去の借金をほそぼそと(45年もかけて・・それすら怪しいが)返す計画を立て、作れなくなった道路は全部税金で作ることにしたのが「小泉改革」の正体である。公団がやっていたことを税金を使うようにして、一体どこが「小さな政府」なのだろうか。さらに、民営化した後はどんな談合をしようとも、民間のことだから手が出せなくなるだろう。そして、スケープゴートになった部分以外の、政治家に絡んだ暗黒の部分は、民間事業だという理由で、追求されることなく闇に葬られていくのである。また、公団時代は、余分な社宅や豪華施設などを売れば借金の返済に充てられたが、11月1日以降は、各会社が割り当てられた借金(全体から見れば5%にも満たない!)の返済に充てられ、借金を残した整理会社には回らない。ということは、こうした資産を処分することは、新しい会社の儲けにこそなれ、投入される税金を減らすことにはならないのだ。ここにからくりがある。

 こうしたことと同じことを郵政でやったらどうなるか、よく考えていただきたい。

 民営化したら黒字経営が続く、というのも、全くのごまかしである。だいたい、片方で「経営は良くなる」と言っておいて、「僻地の郵便局をつぶさないために2兆円の基金を作る」としゃあしゃあと言いのけてしまう論理は、どこからくるのだろうか。

 もう一つ、みなさんの注意を喚起しておきたい。みなさんは、郵便ポストの集配をしている車を見たことがあるだろうか? もうずいぶん前から、「郵便局」ではない、下請け会社(複数・・道路公団で言うところのファミリー企業だろう)の名前が入った車が集配している。信書の安全を図るためにという理由で郵便事業の民間参入を実質的に禁止していながら、である。この関係でどの程度の資金移動があったのかは知らないが、民営化する前に正す必要はないのか?

 また、巨大なインフラを持った「民間」企業が市場に解き放されたらどうなるだろうか。NTTを例にしてみよう。「競争によって電話料金が下がったでしょ」という自民党の「郵政紙芝居」の言葉だけを鵜呑みにしてはならない。NTTによってつぶされていったベンチャー企業は、一つや二つではない。そして、皆さんが払った72000円は、(総額4兆円!!)もう永久に返ってこないのだ。

2) 「郵便事業で集まった資金が無駄な公共事業などに回されていた。郵便事業が民営化されれば、そうした資金が民間に流れ、経済が活性化する」というまやかし

 まず、歴代の自民党内閣が「経済の活性化、不況脱出」の為に何をしてきたか、思い出していただきたい。ズバリ「公共事業」である。その「公共事業」で経済が活性化しないなら、今までの政策は間違いであるし、公共事業で経済が活性化するなら、現状で問題はないはずである。道路問題で税金を無制限に突っ込む仕組みを作った上で、郵便事業だけを語っても無意味だろう。

 そして、この論拠がまやかしであるのは、出口の問題と入り口の問題をすり替えていることである。郵便局で集めた資金をどう使うかは出口の問題であり、郵便局を民営化するかどうかとは関係がない。民営化した郵便局に国債をバンバン買わせたら、同じことになるのである。

3) 「民営化は、競争原理が働くようになって、サービスの向上、事業の効率化を図ることができる」

 まず、当たり前の原理を認識していただきたい。競争原理によってサービスの向上を受けられるのは、消費者として強い立場になるものだけである。そのことは、国鉄やNTTの民営化がもたらした現状を見れば明らかである。

 国鉄に関しては繰り返さない。この点に関して、与党は「NTTの料金が下がった恩恵は、どんな過疎地でも同じである」と言って、NTTの民営化がサービス向上にばかりなったと叫んでいる。これがとんでもないごまかしであることは明らかである。

 例を挙げよう。最近、めっきり公衆電話を見なくなった。公衆電話を減らした理由は、「携帯電話が普及したから」である。しかし、ランニングコストを考えて携帯電話を持つことができない貧困層や、新しい器機に不慣れなお年寄りのことは考えられていない。「コストが高いから」という理由で、こうした人たちは切り捨てられている。番号案内についても同様のことが言える。「インターネットの普及で番号を調べることが易しくなった」こととコストを理由に、現在の番号案内は一件につき100円の料金を取っている。ネットが使えない、番号を知るために104を使うしかない人たちは、どうなってしまうのだろうか。

 ブロードバンドについても、疑問を呈したい。大都市のように交換機を持つ基地局が多いところならいざ知らず、基地局から何十キロも離れている過疎地にADSLは不適当であるし、もちろん、光ケーブルが敷設されるのは、ずっと後のことになるだろう。「グローバルサービス」といっても、厳然とした違いは存在するのだ。

 料金の支払い方法に付いても、同じようなことが言えるだろう。何かの理由で電話料金が落ちなかった時、コンビニや電話局がどこにでもある都会ならともかく、過疎地の人たちはどうしているのだろうか?

 民営化すれば等しくサービスが向上する、などということなどあり得ない。「基金」で形だけ地方の郵便局が維持されても、コスト意識が高くなれば、集配の効率化(ようするに、過疎地の集配を減らしたり、人員を減らしたりすること)が当然起こるだろうし、そうしなければ「黒字にする」ことなどできない。なぜ、こうした当たり前のことが想像できないのだろうか。

4) 地方の僻地などの郵便局は、2兆円の基金を作って維持するので、グローバルサービスは維持する。

 ようするに、将来の赤字の先取りである。「将来赤字にならないように民営化する」という説明とも矛盾する。現在、郵政事業が全体として黒字なのは、黒字部分が赤字部分を補填しているからである。赤字部分に別の補填方法を採って、黒字部分だけを強調するのは、ある意味で詐欺だろう。

 おそらく、形だけのグローバルサービスは維持されるだろう。しかし、サービスの質は必ずはっきりした差になって表れる。そして、基金が底をついた時、再び税金で補填するのか、グローバルサービスを放棄するのか、どちらかを選択することになる。

(ここまで)

 さて、実際がどうであるか見回してみましょう。全国の簡易郵便局は、すでにその1割が実質的に姿を消しました。もちろん、それは「弱者」が住む地域です。これが、「郵政民営化」の正体なのです。
 

2008年9月30日 (火)

最後は「世襲」で幕。小泉劇場の終演/小泉政権のやったこと1

 小泉元首相が、政界の引退を表明しました。いまだに国民の間に人気がある小泉氏ですが、「自民党をぶっ壊す」と高らかに宣言した割には、自民党の政権維持の命脈でもある「地盤/看板」をそっくり息子に世襲するという、もっとも古くさい自民党らしさをはっきりさせて引退しました。もともと明確な政治的主張がある訳ではない小泉氏らしい、お粗末な幕切れです。今回は、小泉政権が何をしたのかを考えてみましょう。何回になるか・・・

【1】郵政民営化とは一体なんだったのか/郵政民営化と道路公団の「解体」

 小泉政権の本質が郵政民営化にあるわけではありませんが、やはりここから手を付けていくべきでしょう。民営化されたもの、国鉄、電電公社、道路、郵政について考えてみましょう。

 これまで民営化や事業の民間化に熱心だった自民党の首相は、中曽根、小泉の両元首相です。どちらもアジテーターとしての能力は高く、政権の支持率もかなりのものでした。しかし、民営化は一つとして成功していないといえます。山手線新大久保駅と高田の馬場駅の中間には、中曽根政権の「民活」がどんなものだったかをはっきりと示す、廃墟のように明かりがともらない再開発された高層マンションがそびえ立っています。国鉄の民営化は、地方を荒廃させ安全を無視する風潮を生んで大きな犠牲を出しました。NTTは、国民の4兆円を超える財産を帳消しにして儲け優先の体質を生み出し、弱者や地方の犠牲の上に持てるもののためのサービスを優先する企業の論理を盤石なものにしたのです。そして、道路、郵政です。

「民活」(もう死語かもしれませんね・・・ご存じない方も多いかと。民間活力導入、ようするに「民営化/払い下げ」などを推進する時に錦の御旗に使われた言葉です)という言葉を聞くと、明治以来の黒い癒着構造を思い浮かべるのは私だけでしょうか。国民の財産を格安で払い下げて財閥の基礎を作った明治政権同様、「民活」「民営化」がどのような意図で行なわれたのかということは、歴史の検証が必要です。もちろん、明治時代の「払い下げ」が資本を蓄えて日本の発展の礎を作った、という議論もありますが、負の側面もきちんと考える必要があると思います。上記の4つの「民営化」を、簡単に振り返ってみましょう。

(1)国鉄

 国鉄の分割民営化を肯定的に捉えている方は多いようです。いわく、「赤字体質から脱却できた」「サービスが良くなった」「生産性が上がった」などがその主張ですが、そのまま素直に信じて良いものでしょうか?

 国鉄が分割民営化されるまで、国鉄が目のくらむような額の借金を抱えていることが盛んに報道されていました。その額は、分割民営化された当時、約37兆円ほどありました。分割民営化によって、そのうちの約14兆円をJRが負担し、残りの約23兆円を国の債務(要するに税金で返すということ)にすることに決まりました。当然、分割民営化されたJRの負担は大幅に減りました。家計に有利子負債が370万円あった状態が、突然140万円に減らされた、と考えて下さい。生活は楽になるはずですね。そもそも国鉄が赤字に喘いでいた原因は、国策にあります。戦後、引揚者の就職のために大量に人員を増加し、1960年代からは、採算を全く考えない路線の拡張が続きました。こうしたことが国鉄の赤字体質を作ったのです。

 では、国鉄の解体は何を目的に行なわれたのでしょうか。いちばん大きな理由は、労働組合の解体です。国鉄の中には多くの労働組合があり、一部はかなり戦闘的でした。しかし、国鉄の労組が戦闘的になっていった理由のひとつは、実は「国鉄の職員が労働者として認められていなかった」ことが原因です。日本では、警察官や自衛官、一般の官僚(役人)ではない「現業公務員」も、労働基本権が制限されていました。ILOなどの国際機関からは幾度となく是正を求められていたのですが、「公共の福祉」という名目の元で、不当な労働基本権の制限が行なわれていたのです。結果的に、「違法スト」を行なわざるを得ないことになり、違法ストと処分のいたちごっこが続いていました。こうした「過激な」労組を解体することが、国鉄の民営化の大きな目的だったのです。そのことは、民営化したJRが特定の労組の組合員を集中的に採用拒否したことでもわかります。しかし、「赤字をなんとかしなくてはならない」という名目が叫ばれ、国民は「分割民営化すれば黒字になる」というストーリーを信じ込まされたのです。

 さて、旧国鉄の債務はどうなったのでしょう。分割されて借金を減らされ身軽になったJR東西、東海の3社は、分割後の2年間で約2兆円の借金を返済しています。一方で、この間に政府が負担する(税金ですね)分は、22兆から28兆円へと増えています。そして、結果的には16兆円を国の一般会計の債務とし、4兆円ほどが年金などの費用として清算事業団、厚生年金などのJR拠出で、残りは「免除」となったのです(要するに、国が負担したことと同じ)。なぜこのように膨大な国庫負担が生じたのかという問題も、実は民営化に伴う「黒い」部分です。地価が高騰している間は「地価高騰を促進するから」という理由で旧国鉄の財産の処分が引き延ばされ、結果的に優良物件がかなり安く払い下げられることになりました。国鉄の債務を国民が負担する一方で、財産は(例えば汐留のように)安く処分されたのです。

 さて、身軽になったJRは、不採算路線の廃止や人員整理、実質的な値上げ(優等列車の格上げなど)で、本州三社が黒字体質になりました。人員配置の「効率化」は徹底しており、ターミナルでの駅員配置も大きく変化しました。結果として、安全確認が十分にできずに「ひやっとする」ことがとても増えたと言われています。私も、上野駅でお年寄りが降車していないのに扉を閉められてしまった現場に遭遇したことがありますが、儲け主義、安全の軽視、その後に痛ましい重大事故を引き起こしていまったことは、皆さんもよくご存知でしょう。

 要するに、国鉄民営化の「成功」とは、「借金を税金で棒引き」「地方のかけがえのない足である不採算路線の廃止」「安全を軽視した合理化と儲け主義」に他ならないのです。

(2)電電公社

 旧電電公社が民営化され、電話(通信)会社が複数の競争関係になったために、電話料金が下がりサービスが良くなった、とされている民営化ですが、これも額面通り受け取って良いのでしょうか? NTT東西は、競争力強化のため、光ファイバーに対して毎年2000億以上の投資を行なってきました。一方で、104は10倍に値上げされ、公衆電話は次々と撤去されていきました。「携帯電話が普及したので公衆電話は不要」「インターネットで調べられるのだから、104も不要」という意見をよく見受けますが、携帯電話やインターネットが使えない人たちのことは忘れ去られています。

 NTTが民営化されて競争が正常に行なわれ利用者の利益に貢献した、という単純な議論には、上記以外にも反例があります。有名なのは、ADSLが導入されたときのNTTの妨害工作でしょう。当時、ISDNを看板にしていたNTTは、速度が速くてアナログ回線でもすぐに始められるADSLの普及を恐れていました。ISDN→光、という展開を考えていたNTTにとっては、ADSLの利便性が認知されて普及することを恐れたのです。そのために、回線速度のデータなどを「偽装」してまで、ADSLへの妨害を行ないました。(詳しく知りたい方は、「東京メタリック通信」などで検索されると情報がでてきます。)競争が利用者のためにならず、むしろ収益を上げるために利用者の利便性を無視するNTTの体質がよく表されている問題です。

 もう一点、旧電話債権のことです。ある時期まで、電話を引くためには1回線あたり72000円の「権利金(電話加入権)」が必要でした。これは、まだインフラが整っていない時代に、電話を引くための費用を捻出するために作られたものです。そして、この回線「費用」は、財産として譲渡できるものでした。ところが、競争が激しくなり、携帯電話などが普及すると、電話回線の使用料とも言うべき「加入権」ですが、現在は新たに電話を引く時に必要ありません。一昔前まで、この加入権は売買ができたのですが、すでに市場は崩壊しています。それもそのはずで、国民から集めたこの加入権は、完全に無価値なものになろうとしているのです。総額にして約4兆円。この莫大な資金が、NTTへただ同然で与えられてしまったのです。加入権についてはさまざまな議論がありますが、どのように正当化しようが、国民を欺いて財産を取り上げたことには違いないのです。

 国鉄と異なり、電話/通信業界には他社の参入がありましたので、競争原理が働いて向上した部分もかなりあることはたしかです。しかし、その裏で犠牲になっているものがあることは、国鉄と同じ構造です。そして、分割される前の電電公社の労働組合は「全逓」で、やはり強力な組合運動を展開していました。分割/民営化の真の目的が何であったのか、勘ぐってしまうのは私だけでしょうか?

2008年9月28日 (日)

麻生内閣発足・・・1/解散総選挙へ

 自民党の総裁選挙に勝利した麻生前自民党幹事長が総裁となり、麻生内閣が発足しました。福田前首相の思惑通り、総裁選挙を通じて自民党のPRが浸透し、安倍/福田内閣発足時とまでいかないまでも、50%ほどの支持率(読売/朝日/毎日の調査)でスタートすることができたようです。「比例区でどの政党に投票するか」という設問でも、各紙の調査で久しぶりに自民党が民主党を上回り、「ご祝儀相場の中での総選挙」が具体性を帯びてきました。

 一連の報道で気になったことがいくつかあります。最初に取り上げるのは、総裁選直後の自民党有力者の発言です。(誰の発言かは各紙を見ても書いてなかったので、あるいは「発言者をオフレコに」という約束があったのかもしれません。)内容は、「内閣が発足した直後の支持率が高い間に解散すれば、与党で少なくとも過半数は確保できるだろう。参院の逆転がなくなる訳ではないが、直近の国民の意思で過半数が取れれば、参議院の野党の対応も違ったものになるのではないか」というものでした。「政治生命をかける」と発言している小沢民主党が与党を過半数割れに追い込めなかった場合、参議院で民主党から離れて自民党に合流する勢力がでることも想定しているでしょう。この発言は、何紙かに論評抜きで載っていましたが、違和感を持つのは私だけでしょうか?

 参院選挙の後、また、山口の衆議院補欠選挙の後、自民党の執行部はなんと言っていたか覚えていますか?「衆議院の3分の2の議席は国民が与えたものだ。参議院で否決されても、法の定めに従って衆議院で粛々と再可決すれば良い」「しょせん、補選のひとつ。民意ではない」と言って直近の選挙の結果を無視し続けて来たのは、自民党、公明党の与党ではないでしょうか。さらにひるがえれば、「郵政民営化をするか、しないかの選挙だ」と絶叫して獲得した膨大な議席をよりどころにして、やりたい放題に民意を無視して来たのは誰なのでしょうか?

 私は、現状のままなら、次の総選挙でも自民/公明の両党で過半数近くを獲得するのではないかと思っています。自民党という政党はとてもしたたかで、これまでも幾度となく政権を失う危機を避けてきました。唯一の「野党暮らし」は細川連立内閣時代のことですが、当時はいわば「新党ブーム」があり、さらに細川護煕氏という「ブームを起こすことができる」存在がいました。さらに、結果として自民党は下野しましたが、与党はいわば「反自民の寄せ集め」であり、「自民対反自民」という見えやすい構図があったのです。しかし、今回はこれがありません。民主党を真剣に支持している国民は少数でしょうし、民主党自体がガタガタしている様子が見え見えなのです。著名な政治評論家によれば「自民200に届かず、公明と合わせても220がやっと」という予想が主流ですが、与党で230台は最低でも行くのではないかと思います。そうなれば、「民主党には政権をになう能力がない」と公言して来た前原氏のグループから数人が民主党から抜けるだけで、与党は政権を維持できるでしょう。自民党にとっては、現時点での与党で過半数をとるより、「数人足りない」状態の方が望ましいかもしれません。それをきっかけに民主党から離れる議員が出れば、方向性を共にする参議院議員の何人かも同時に民主党から抜け、参議院の状況も与党に有利に働く可能性があるからです。

 もう一点、衆議院選挙の投票日について取り上げましょう。投票日は、10月26日、11月2日、9日という三つの説が有力です。補正予算の国会審議をどうするかによって流動的ではありますが、2日が本命ではないかと思います。選挙の時期や日程は、洋の東西を問わず、時の政権に都合が良いように決まるものですが、2日が本命だと考える理由は、「連休の中日なので投票率が高くならないだろうから有利だ」という自民党首脳の発言が全てを表しています。浮動票を期待しにくい公明党の議席確保と、「投票しても変わらないかも」と思っている浮動層が反自民票に流れることを警戒していることがその根拠です。こうした議論は、幾度となく繰り返されてきました。「できるだけ民意が正確に反映されない方が有利である」ということでしょう。政治家として恥ずかしくないのか、と不思議に思います。

 国民の側にも大きな問題があります。60年安保の国会審議で、「こういうときでも野球場は満員である」と、「もの言わぬ民」の意識を「消極的賛成」と捉えた首相がいましたが、じつはそれは真実です。「反対しないということは現状を肯定することと同じである」という、民主主義の原則を理解して棄権している有権者はどれほどでしょうか。

 いずれにせよ、総選挙はすぐにやってきます。

2008年9月27日 (土)

政治家の「失言」と「本音」


 発足したばかりの麻生内閣、中山国交相が失言3連発をやらかしましたね。みなさんもよくご存知だと思いますが、この「失言」、実は以前から保守の政治家が持っている本音を示したものです。「失言」ではなく「本音」であることを自覚しているからか、官僚から発言撤回を勧められた国交省は、「出たものはなかなか口には戻らない」と、当初は発言撤回を渋っていたそうです。そういう意味では、正直な人なのかも知れません。この三つの発言、ちょっと検証してみましょう。

1)「日本は単一民族」

 これと同様の発言で有名なのは、平成の妖怪とも言うべき、中曽根元首相です。中山国交相と同様、中曽根元首相も保守派の論客として有名だったと同時に、「本音をポロリ」が多かったことで有名でした。「不沈空母」発言など、政治思想をあからさまに表現したものもありました。

 この「日本は単一民族」という考え方の源流は、二つの思想です。ひとつは「日本は古来からこの地にあった唯一の正当な民族であり、血脈を保って来た」というもので、もうひとつは「日本民族は正しく歴史を積み上げて来た」という無謬主義です。どちらも保守派の議論の根源とも言うべき、滑稽無惨な主張です。

 前者は、もちろん、天皇制の正当性を担保するためには欠かせない発想です。進化論を無視して神話を全部が史実である、というほど愚かな人は少ないと思いますが、少なくとも、歴史が記されるようになってからは「2600年以上にわたって」日本が単一民族として天皇の元に歩んで来た、という主張は、いわゆる「右翼」だけでなく「政治的保守派」の「少なくとも公式の」発言にはたびたび登場してきました。日本人がどのような過程でこの地に住むようになったのかは、考古学的にはいまだにハッキリしていませんが、少なくとも、「弥生時代初期にこの地にいた民族と現在の日本人が同一ではない」ことは、ミトコンドリアDNAなどの研究で明らかになりつつあります。むしろ、「当時、本土に住んでいたのはアイヌ民族である」という主張を述べる研究家もいます。

 こうした事実は、できるだけ隠蔽しておく必要があります。日本人としての誇り、アイデンティティを純血性に求める人たちにとっては、日本人が単一民族でありつづけた、ということを思い込み、そうした発想に国民が染まることが大切なことなのですね。

 後者も、とても大きな問題です。「現在の日本人は先住民族を追い出して居座った」ということは、保守派にとっては到底認められない事実でしょう。また、この無謬主義は、日本の侵略行為を否定する思想にもつながるものです。そうした意味で、この発言はまさに中山国交相の「本音」であると言えるでしょう。

2)「日教組が強いところは学力が弱い」

 この発言が全く根拠がないものであることは、27日付の朝日新聞に詳しく検証されていますが、問題はこの発言自体ではありません。中山氏の発言は、

1)統一テストは日教組が強い地域での学力が劣っていることを証明することが目的で導入した(中山氏はテストの導入に力を入れていた)
2)結果として、日教組が強い地域の学力が劣っている結果が出た
3)従って、統一テストは役割を終えた、

というものです。

 全国で一斉に行なわれる統一テストは、効用と問題点がさまざまに指摘されてきました。この点について詳しく論じることはこの場ではしませんが、各種の報道を見ると、実施に際して教育現場に多大な負担をかけたことは確かです。それでも現場の先生たちは、テストが生徒のためになるようにとさまざまな取り組みをしてきました。ところが、中山発言は、「このテストの目的は日教組が強いところが学力が劣っていることを証明することであり、そのことが確かめられたからすでに目的を達した」と言い切ったのです。この人の頭の中には、「教育は、それを受け取る子どもたちが主役である」という意識のかけらもありません。

 文部省や自民党は、この国の教育を政治的な目的でもてあそんできました。子どもの想像力、そして想像力の源になる批判精神を封じるための指導要綱の改訂を繰り返し、想像力が働かない、他人を思いやることができない子どもを大量に生産してきました。人の命や財産を侵害してなんとも思わない人が増えているのは、「親を想う気持ちの欠如」や「倫理/道徳に従う規律心の未成熟」が問題なのではありません。人の心を想像する能力、相手の気持ちを考えたコミニュケーション能力の欠落が問題なのです。そうした能力が欠落した政治家が多くなり、特に教育に関しては全く逆の方向への圧力が強くなっています。倫理観/道徳心とは、「強制されたから/洗脳されたから」従うものではなく、他人や社会を思いやる力を持つことで醸成されるものです。そのためには、自分で判断する力を養わなくてはなりません。こうした当たり前のことが通らなくなっているこの国の教育の未来を考えると、暗澹たる思いになります。

 教育現場が政治の道具にされ破壊される動きは、1970年代後半から加速されました。政治勢力としての日教組の力をそぐための高校の社会科の解体、教師の管理と分断を狙った主任制の導入など、中曽根時代に行なわれた施策が、こうした方向性をハッキリさせたのです。もちろん、日教組にも大いに問題がありました。教える側が「私はこのように思う」という前提抜きに子どもたちに一方的な見方を植えつけようとする行為もしばしば見られたのです。そのために、子どもの判断力や創造性を高めるかわりに、子どもを「奪い合う」結果になってしまっているのです。これは非常に不幸なことだと言わざるを得ません。文部行政にたずさわる政治家が、中山発言のようなことを本気で考えているからこそ、教育現場に子ども不在の支配がはびこっているのです。

3)「成田はごね得」

 成田空港を利用したことがある方ならわかると思いますが、駐機場から滑走路まで、大きく迂回して進まなければならないところがあります。空港の敷地内にまだ空港に反対する農家の土地が存在していることが理由です。国際空港としては使い勝手の悪いもので、滑走路も十分な長さがとれるものは一本しかありません。何故このような状況になってしまったのか、若い方はご存じないかもしれませんが、成田空港は建設の経緯で尊い命が失われることもあったほどの反対闘争が長い間続いて来たのです。

 成田空港に反対する闘争は、過激派の政治闘争に利用された側面があります。これは大きな問題で、当初の開港直前に起こった空港管制施設の占拠や、土地収用委員会の委員に対するテロなどは、決して許されるものではありません。そのような事件があったために、反対農家が「公共事業に協力しない個人のわがまま」というイメージを持たれてしまった歴史があるのです。

 そもそも、成田空港は現在の場所に作られる予定ではありませんでした。それがなぜか、突然現在の場所に変更になりました。現地の農家にとっては「寝耳に水」の事態で、そこから「ボタンを掛け違えた」状態がスタートしたのです。反対する農家に対しては「公共のためなのだから、とにかく言うことをきけ」という、まるで戦前の国家主義丸出しの押しつけがなされました。そのことの過ちは、既に空港公団もハッキリ認めていて、「過去の方法を反省し、今後は強制的な手段をとらない」という宣言がなされています。そうした事実をよくご存知のはずの国交相が、「ごね得」という言葉を用いることは許されないでしょう。

 こうした発言が「本音」として現れる背景には、政治家が「自分は偉いのだ」と勘違いしていることがあるのではないかと思います。「センセイ、と呼ばれるほどの馬鹿でなし」という言い方をすることがありますが、ふんぞり返って自分を高みに置き、選者である国民を見下していることが根本的な問題なのだと思わざるを得ません。このような感覚を持った政治家がいなくなる日がいつかやってくるのでしょうか・・・


2008年8月20日 (水)

これでもまだ気がつかない人がいるのでしょうか? 私たちはこういう人を選んでるんです。

 まず、二つの発言を読んでください。どちらも、北京オリンピックの開会式にかかわるある有名人の発言です。

「13億人の人口の凄さをひしひしと感じた。ボランティアの学生は親切で礼儀正しい。アジアのために日本と中国で貢献しましょう。東京へ是非、いらしてください」

「テレビに映った映像はあれ、コンピューター・グラフィックスなんだってね。うーん、まあ情けないと言うか、なんというのか、あの国ならではか何か知りませんがね。まさにうれしい、楽しい、おめでたいということは分かるのだけども、同じ中華料理を3人前くわされると、やっぱりうんざりするよな。長過ぎた。人口を誇る国ならではのマスゲームってのは、見てて迫力はあっても、これか、これかと同じことを繰り返されると、いささかうんざりですな」

 この二つの発言を聞いて、同じ人が語った言葉とは思えないでしょう。しかも、この二つの発言は、1週間もおかずに発せられているのです。中語嫌いで有名なこの方は、2005年のタイムズ紙とのインタビューでは、「北京オリンピックはボイコットすべきだ」ともはっきりと語っています。もう、だれだかお分かりですね。石原慎太郎東京都知事です。

 過去三回の都知事選挙で、石原氏は対立候補を全く問題にせずに圧勝してきました。それは、すなわち、東京都民の多くがこの方を支持して来たということです。過去にさまざまな問題発言を繰り返して来たにもかかわらず、多くの有権者が石原氏に投票して来た背景には、「何かをやってくれそうだ」「国に対してもハッキリものを言える人だ」という期待があったのでしょう。しかし、この方が本当は何を考えているのか、じっくり振り返ってみましょう。

 石原氏の発言は、いくつかのパターンに分けられます。第一は「想像力の欠如」。自分が知っている/見ていること以外、また、他の人のことを想像する力に欠けていることです。ふたつ、取り上げてみましょう。

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 2006年11月、いじめが原因で「自殺する」との手紙が文部科学省に届いた問題で、
「自殺なんか、予告して死ぬなって、そんなものは。大体甘ったれというか」
「あんなのは、大人の文章だね。愉快犯っていうか。今の中学生にあんな文章力はない。理路整然としていて。私は(本物とは)違うと思う」
(少し笑みを浮かべながら)「(予告日は)明日ですか?今まで文科省が何やったか知らないけど、あれだけの騒ぎになって(文書を送った)当人は満足して、死なないの? 死ぬの?」
「私なんか、子供にけんかの仕方を教えましたよ。そしたら効果があって、たちまち相手を倒して番長になっちゃった。そういうことを親が教えればいい」
「こらえ性がないだけでなく、ファイティングスピリットがないと、一生どこへ行ってもいじめられるんじゃないの」 「予告して自殺するバカはいない。やるならさっさとやれっていうの」

フリーターとかニートとか、何か気のきいた外国語使っているけどね、私にいわせりゃ穀つぶしだ、こんなものは。」
(2006年3月14日、予算特別委員会)
「私の言葉を勝手に引用されまして歪曲されていますが、私が穀つぶしといったのは、これはフリーターじゃありませんよ。ニートのことはそう申しました。こういう歪曲した引用というのは非常に卑劣だと思います。」
(2007年2月14日、都議会)

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 ここには、いじめられる側の苦悩、職を失った人たちがどのようなことを思い描いているのか、どうしてそのようになったのか、ということを想像する力のない、精神の貧困が見受けられます。ひとつ目の後半などは、話題になったボクシングの亀田兄弟の父親と同質の感性を感じるのは、私だけでしょうか。

 二つ目は、自分に対して反対するものに対する病的な恫喝です。このタイプの発言は、これでもか、というくらいにあるのですが、二つだけ取り上げておきましょう。

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2000年に都職員を助役に選任する議案を村議会が否決したことについても触れ、
「せっかく(当時の村長に)頼まれて人を送ったら村議会のばかどもが否決した。おれは『お前ら、東京の顔をつぶしたな。そのうちひどい目に遭わせてやる。覚えていろ』と言ったんだ」

瑞穂町議会が五輪招致決議案を否決したことについて、
「頭がどうかしてるんじゃないのかよ。やっぱり頭を冷やした方がいいと思うね。何も得にならないと思うね。オリンピックが仮に決まって、その前に三多摩は(2013年開催予定の東京国体が)あるわけでしょう。その時になってほえ面かかないようにした方がいいよ、本当に。」
(2006年6月23日、定例記者会見にて)

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 こうした反応は、自分に自信がないのに虚勢を張っている人によくみられるものです。自分に本当の意味で自信がある人は、自分に対する反対意見にきちんと反論できるか、また、自分が誤っていた場合にはそれを修正する力があります。石原氏のような対応は、反論もできないし、自分が間違っていることも認めないという、このタイプの性質を良く表しています。間違っていることを認めてしまうと、自我が崩壊してしまうような危機感があるのでしょう。

 この「間違いを認めない」ということは、石原氏の第三の特徴で、銀行に対する課税問題、腹心の副知事が起こした暴行事件での対応や、新銀行東京の破綻問題、築地の移転問題など、何か問題が起こるたびに繰り返されています。どれも、マスコミをにぎわしたことですので、ここでは発言自体は取り上げませんが。

 そして四つ目は、「言うことがくるくる変わる」ことです。これは、冒頭のオリンピックに関する発言がまさに当てはまります。どうしてこのように言うことが変わるのかと言うと、この方には、実は自己主張がなく、単に「やりたいこと」だけがあるからではないかと思うのです。やりたいことをやるためには、言うことを変えたり、方法を変えたりすることに何のためらいもないのです。

 今回の石原氏の発言は、さすがに彼のコアの支持層からもかなり反発をくらっているようですが、「なんとなく」石原氏を支持してしまった人たちには、その意味を考え直す良い機会になるのではないかと思います。そして、他の政治家についても、同じように見直してみてはいかがでしょうか?

2008年8月13日 (水)

麻生太郎氏、なぜこの人の人気が高いのか?

 不人気、福田内閣が自民党役員人事、内閣改造を行ないました。改造後のマスコミ世論調査では、内閣支持率の上がり方がかなり違って、なかなか面白いことになっていたようです。(朝日/ほぼ変わらず、NHK/小幅アップ、産経/小幅アップ、日経/小幅アップ、毎日/微小にアップ、読売/劇的にアップ)改造がマイナスになっていないことは確かですが、各紙の報道を見ると、麻生太郎幹事長の評判が良いようです。

 麻生新幹事長については、ここ数年間で報道される機会も増え、認知度がアップしています。特に、マンガ歴が長いことが知られていて、いわゆる「アキバ族」にも人気が高いようです。しかし、私は不思議でしかたがありません。なぜ、若者にこの人が受けているのかがわからないのです。

 麻生幹事長が「華麗なる一族」の出身で、経済的にも大変恵まれた環境に育ったことは、みなさんもよくご存知だと思います。そうした環境に育ったためでしょうか、これまでも「弱者」や「差別されてきた人」たちに対する無神経な発言が報じられたことがありました。そして、また、麻生幹事長の指向性を表す発言が報道されました。

【証券優遇税制の拡充を=配当300万円まで非課税-麻生自民幹事長】[時事通信 2008/08/09 23:08]

 自民党の麻生太郎幹事長は9日午後、札幌市などで講演し、景気対策として証券優遇税制を拡充すべきだとの考えを表明した。麻生氏は「株は上がる。政府が1円も出さないでできる(対策だ)」と指摘、具体的には年300万円以下の株式配当を非課税にすべきだとの案を示した。
 昨年末の与党税制改正大綱では、景気回復の動きを受け、株式配当と譲渡益への軽減税率を今年末で終了する方針を決めたが、麻生氏は「景気は総じて悪くなっている」との認識を示した上で、証券優遇税制拡充の必要性を強調した。
 また麻生氏は、住宅取得促進のため不動産取得税の減税や、時限立法による設備投資減税についても検討すべきだと表明。これらの対策について「首相になったらやりたいと思っていたが、そんなことを言っている場合じゃない。今やらなきゃならない話だ」と語った。
(ここまで引用)

 これらの施策がどのような意味を持つのかは明らかです。高所得層の減税と企業減税、さらに、不動産/建設業界への優遇策の拡充です。

 株式の「配当金300万円」がどのくらいのものだか、考えてみましょう。「預金300万」ではありません。例えば、額面5万円の株式を発行している企業が5%の配当をすれば、年間2500円になります。5%の配当をするような企業であれば、株価は当然、額面の数倍にはなっていることが多いですから、仮に6倍の30万だとしましょう。この企業から300万円の配当を受け取るには、3000000÷2500=1200、すなわち1200株必要です。額面が30万だとすると、1200株を取得するためには、360,000,000円ほと必要になります。つまり、麻生幹事長が言っていることは、「何千万という資金を余剰に抱えている人以外は減税しましょう」ということなのです。しかも、株式の配当金というものは、汗水たらして働いて得た所得より、現在でも税率を優遇されている(100万円まで10%、それ以上は20%)のです。麻生幹事長は、当然この優遇策で恩恵を受けることになるでしょうが、多くの人はそうではありません。

 問題はもう一つあります。財政状態が逼迫しているときの減税は何を意味するか、ということです。答は明らかで、「誰かが負担する」ことになるのです。その「誰か」とは、アキバ族を含めた、普通の生活者なのです。ごく一握りの人を除いた、今の若者世代なのです。

 麻生太郎氏を支持する若者たちは、この政治家が何を欲しいているのか、理解しているのでしょうか? 

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