小泉/竹中路線で重用され、最近会長に再選された御手洗経団連会長。この方の問題はたくさん語られてきましたが、7月31日の外国特派員協会での講演の内容を見て、またあきれ果ててしまいました。講演の全文は経団連のページにあります(http://www.keidanren.or.jp/japanese/speech/20080731.html)
御手洗氏はご存知のようにキャノンの業績をアップさせた功労者です。キャノンは1997年に当時社長だった御手洗氏の判断で、社内の抵抗を排してセル生産方式を導入し、大幅な生産性向上を実現しました。その意味では、株主やキャノンの正社員にとっては「良い経営者」であるのかもしれませんが、一方で違法な偽装請負を組織的に行ない、大量の非正規労働者を安い賃金で働かせることによって業績を上げて来た、「利益のために確信犯的に違法行為を行なう」経営者でもあります。
注)セル生産方式
従来型の大量生産は、ベルトコンベアーで流れてくる製品を順に組み立てて行く方法が主流でした。このようにすることで、担当者が覚える仕事が一通りで済み専門化することで効率が上がるとされてきたのです。この手法は導入されてから長い間大きな成果を上げてきましたが、一方でさまざまな問題が指摘されるようにもなっていました。人間をひとつの部品として生産現場にはめ込んでしまうこのシステムは、労働者の意欲や意識を低下/停止させてしまうから、ということがいちばん大きな問題です。これに対して「セル生産方式」とは、1人の労働者が多くの過程を受け持つ(場合によっては1人で製品を組み立ててしまう)方法です。労働者は自分の仕事の意味を知ることができ、その中から生産性を向上させる意欲とアイデアが出てくるという効用がありました。当時ソニーの向上の一部に導入されていたこの方式を御手洗氏が見てキャノンへの導入を決めたのです。これによってキャノンの生産現場からはベルトコンベアーが消え、生産性の向上をもたらすことができたのです。
御手洗経団連会長の今回の講演は、内容の貧困さを物語るように、新聞各紙の報道でも小さなスペースのものでした。一部の新聞に「言い古された内容で特派員の眠気を誘っていた」などと書かれていますが、講演の最初に御手洗氏自身が冒頭で「総花的な議論を展開して、食後の眠気を誘ってしまっては、この場にまいりました意味がございません。」と語っていることは、まさにブラックジョークでしょう。
講演の冒頭では、「日本経済は踊り場にあり、その原因は資源/エネルギー価格の高騰と米国の景気原則である」と述べています。まず、この現状認識の甘さに違和感を覚えます。
御手洗氏が考える「日本経済」とは、経団連に所属するような大企業の業績であり、株価であるのです。そのことは、引き続き「ただ、私は景気が今後、底割れし、後退するようなことはないと確信しております。なぜなら、日本経済のファンダメンタルズは、失われた10年を経て、目に見えて強化されているからであります。企業の体質も筋肉質なものとなっております。日本企業が設備・債務・雇用の3つの過剰に喘いでいたのは、もはや過去の出来事です」と語っていることからも明らかです。最長の景気拡大とされてきた2002年以降、コストカットと人員削減を強化して業績を上げることができた大企業に対し、過去の日本経済を支えて来た中小企業は、過剰設備と金融機関の貸し渋り(もちろん、業績の良いところには喜んで貸す訳ですが)、相対的に差が大きくなった給与差による人員不足に、恒常的に苦しむ体質が温存されました。景気拡大側面においても正社員の数は減り続け(最後に少しだけ逆転しましたが)、大量に生み出された非正規労働者が、生活保護にも満たない低賃金とそれによる格差の拡大に悩んで来たのです。8月7日に政府が「景気は後退局面にある。昨年の12月がターニングポイントかもしれない」という発表をしましたが、庶民の生活実感は「踊り場」ではなく「後退/縮小」に近いものだと思います。これは、実際の生活局面での経済状況に敏感なタクシーの運転手や商店主をモニターとした××が、「景気は後退している」と判断していることにも一致するでしょう。
非正規労働者が増え、コストカットのために低賃金/過剰労働に喘いでいる多くの人たちにとって、資源/エネルギー価格の高騰は「景気の踊り場の原因」ではなく、「生活にとどめを刺した」ものなのです。毎日のように生活必需品や食品を買っていれば、この1年間の物価の高騰は、まさに生活が危機的水準に落ちる限度だと感じているでしょう。液晶テレビやパソコンなどの「性能が上がって安くなる」ものが含まれている物価統計は、そんなものをほいほい買うことができない所得層にとっては無意味です。御手洗氏がどこを向いているのか、こうした現実を知らない(無視している)ことがハッキリ物語っています。
御手洗氏は、現在の日本の状況を「存亡の危機に立たされる」危険があると述べ、その危機を回避するための「抜本的な改革」を提言しています。そして、「特に重要と考える」税制改革と地球温暖化の問題を取り上げています。次に、その内容を見てみましょう。
(1)税制改革
御手洗氏は税制改革の必要性として、以下の三つを挙げています。そのために、1)法人税の減税、2)中・低所得者に対する思い切った所得減税、3)消費税の引き上げ、が必要であると論じています。それぞれについて、認識の違いを指摘してみましょう。
1)社会保障制度の持続可能性を確保する
「社会保障制度というものは、本来、国民に安心・安全を与えるための強固なセーフティーネットでなければなりません。しかし、日本では、年金制度への不信、医師不足、一向に改善しない保育サービスなど、今や社会保障制度の不備が、逆に国民にとって不安の種となっており、社会全体に暗い影を落としております。今後も社会保障費用が年間1兆円ペースで増加していく中、制度を維持していくためには、安定財源を確保することが不可欠です。」(引用)
御手洗氏の議論は、結局のところ「金がない!」に尽きます。1)だけでなく全てに共通するのですが、過去/現状のさまざな政策に対する判断は全くなく、このような現状を生み出した問題に対する問題意識が全くありません。官僚の無謬主義に通じるものだと思いますが、「これまでの政策は正しかったが、外的要因で日本は危機的状況になっている。これを正すためには、きちんと対応できる財政を作らねばならない」という御手洗氏の判断は、官僚やこれまでの政策を紡いで来た人たちには心地よく受け入れられるものでしょう。
しかし、社会保障制度の問題点は、これまでの政策やその実行過程でもちあがってきたものがほとんどです。現場の問題(社会保険料の誤魔化しやミスなど)ばかりが取り上げられていますが、そもそも40年満額支払っても生活費にはほど遠い給付(6万円強)しか受けられない国民年金に対して安心感が持てるでしょうか? 最大で年間70万もの保険料を支払わねばならない国民健康保険/介護保険を払うくらいなら、医療費を自費で払ってもと思う人がいても不思議はありません(ちなみに、私の医療費は、ここ5年の総額で7万ほどです。それが25万になったとしても、300万ほどの貯金ができたことになります)。大企業に勤めている人には実感がないかもしれませんが、こうした事実が、国民年金や健康保険に対する不安感を増やし、年金や保険料の支払い率が落ちている原因のひとつかもしれません。もちろん、官僚のために無駄に浪費されてきた莫大な掛け金の問題や、運用手法の問題などもあります。こうしたことに触れずに、「消費税を上げて金をあつめなければ」という御手洗氏の発想の貧困さ、無責任さにはあきれ果てるばかりです。「安定財源を確保することが不可欠」と述べていますが、このままさらにお金をかけては、無駄を増やすばかりでしょう。
医療の問題は、「医師不足」という一言で片付けられる問題ではありません。医療現場の崩壊(小児科医、産科医の不足、地方の病院の閉鎖、救急医療体制の危機的状況、看護士の過重労働/不足など)が何故起こったのか、という検証がなければ、単に財源を作っても問題が解決することはありません。もっとも、御手洗氏が行く病院には、全てが揃っているのでしょうから、医療の現場の現状を知らなくても仕方がないのかもしれません。
保育の問題です。2の問題ともからんできますが、政府は、高齢者が医療サービスを受けにくくする方向(後期高齢者医療制度で負担を増やし、高齢者が医療を受けられる日数を減らして病床を減らし、介護点数やランクの見直しで介護保険からの支出を減らす)に政策の舵を切りました。高齢化社会を迎えて、高齢者の福祉を重視するのではなく、高齢者の福祉制度を制度として存続させることだけを考えた政策です。保育の問題は、保育所に補助金を出すだけでは解決しません。面倒を見なくてはならない高齢者世代の問題や、その負担とも、さらに子どもをつくることができない/作りたくない大人、さらに結婚することができない30、40代の増加とも密接に関係があるのです。詳しく論じている余裕はありませんが、少なくとも、偽装請負で非正規労働者を安い賃金で働かせ、結婚できない/子どもを作ることができない層をたくさん生み出していることを悪いと感じていない御手洗氏が、子どもを育てるために何をしたら良いかを論じる能力も資格もありません。キャノンが不法に雇った非正規労働者全員に正社員の待遇を与えれば、それだけで何十人、何百人もの子どもが増える可能性があるのです!!
2)財政再建
「日本の国・地方の長期債務残高は778兆円、対GDP比で148%と、先進国で最悪の水準です。国だけ見ても税収の10倍の借金を抱えております。
こうした中、政府は、基本方針2006において、2011年度までにプライマリー・バランスを黒字化し、さらにその後も、債務残高の対GDP比を安定的に低下させていくとの目標を掲げております。
これまで日本では、歳出改革が中心でした。それはそれで正しい選択だったと思います。しかし、私は、企業がコストカットだけで成長できないのと同じように、歳出改革だけで財政再建が実現できるとは考えません。政府公約の達成のためには、具体的な歳入改革について、早急に議論をする時期に来ております。」(引用)
企業がコストカットだけで成長できないことは自明の理です。御手洗氏は、「だから消費税を導入して歳入を増やさなくてはならなのだ」と論じています。はっきり言って、これなら「だれでもできる」ことです。日本の財政状況が悪化した最大の原因は歳入の不足ではなく、歳出による「投資効果」を無視した財政支出にあるのです。バカ高いお金をかけて不要なインフラを作れば、その時には雇用が生じるでしょうが、維持管理にさらに税金を投入することになります。維持することが困難な事業に無駄に税金を投入して長生きさせれば、傷が深くなるばかりです。
財政支出には、投資に見合った効果を求めるべきものと、税金を投入しなくてはならない「もうからない」部分があります。この区別が財政支出の規律を作る根本になければなりません。ところが、日本の財政支出の優先順序は、これとは異なった基準(政治家の力や官僚組織の理屈)で決められてきました。これが最大の問題なのだと思います。この場で多くのことを論じることはできませんが、内容を精査することなく「コンサルティング会社」の言うがままに無駄金を投入し続けているODAにしても(PCIが摘発されましたね)、飛ぶ飛行機の当てがない空港にしても、用がなくなったにもかかわらず理由をこじつけて続けられる各種の公共事業(ダムや干拓など)にしても、怪しいフィクサーが跳梁跋扈して無茶苦茶な高値で装備を買わされている防衛支出にしても、バラバラの問題ではなく「財政のありかた」の問題なのです。
これまでの日本の政策を「正しい選択だったと思います」と語る御手洗氏は、こうした支出構造を肯定している訳ですが、それで本当に良いのでしょうか? もちろん、生活保護の申請をできるだけ窓口で阻止するように匂わせたり(本当に酷い話ですね!!)文化のための支出を押さえたり(ハコものを作るためには補助金がたくさん出るのに、そこで運営するソフトには金を渋る)と、支出を削ることには努力を重ねています。しかし、こうした部分は「投資効果で測れない」部分なのではないでしょうか。
3)成長力の強化
「日本は天然資源に乏しい国です。イノベーションの促進、産業の高付加価値化によってグローバル競争に勝ち抜き、経済を拡大させていくことが不可欠です。そのためには、法人税を国際的な水準に整合させていくことや、研究開発や環境などの施策を重点的に拡充していくことが必要です。
また、景気の先行きに対する不透明感が増してきており、内需拡大も重要課題となっております。そこで、子育て世代を中心とする中・低所得層に対し、思い切った所得税減税を実施することも、個人消費を喚起する観点から、検討する必要があります。
では、これらを踏まえ、何を主たる財源として求めていくのか。とりわけ、最も緊急な対応を要する社会保障制度の安定財源を何に求めていくのか、ということになりますと、やはり、消費税の拡充という結論に行き着かざるを得ません。
税収が景気変動の影響を受けやすい所得税や法人税などは、財源として、不安定さがあります。そもそも、日本の税体系は、これらの直接税に偏りすぎているという問題もあります。
従って、経済活動への直接的なマイナスの影響が少なく、また、国民全員が支えあう消費税の拡充こそが、最も、適切な選択肢であると考えます。」(引用)
「特派員の失笑をかっていた」と某新聞に書かれた部分は、恐らくここのことでしょう。御手洗氏が本気でこのように思っているのであれば、経済状況の認識ができないだけでなく、税制についての基本的な理解に欠けていることが歴然としています。
内需拡大が重要な課題であるのなら、最大の支出である個人消費を上げなければなりません。しかし、御手洗氏の論法は、「成長を確保するために法人税を下げる。内需拡大のために中・低所得層に対する減税を行なう。社会保障制度の不安を解消するために、またこれらの減税財源を確保するために消費税を引き上げる」というものです。もくろみはハッキリしています。
消費税の引き上げでダメージを受けるのは、主に低所得層です。特に、生活保護を受けている人や課税最低限以下の所得しかない人にとっては、減税の恩恵を被ることができずに、税負担だけが上がることになります。一方で、企業の体質の強化に繋がる法人税の引き下げで恩恵を受けるのは、収入の高い大企業の労働者や株主、経営者でしょう。非正規労働者を増やして企業のコストダウンを目指している御手洗氏が、こうした層のことを全く考えていないことは明らかですが、それにしてもこうした論法を外国特派員協会の講演でやってのける精神には脱帽です。もちろん、消費税の引き上げは個人消費の落ち込みを伴いますので、日本の経済がさらに輸出に依存しようとする(ないし、海外への投資に向かう)ことは明らかでしょう。つまり、御手洗氏が述べていることは、まったく自己矛盾に満ちたものだといえるのです。海千山千の海外特派員が失笑をもらすのも当然だと言えるでしょう。
(2)環境問題
これについても、御手洗氏がどこを向いているのかがはっきりしています。具体的な成果を得ることがまったくできなかったサミットを「成功」と断じ、各国首脳に媚を売る内容と、経団連や参加する企業が環境問題に対していかに本気で取り組んでいるか、ということをPRしているに過ぎません。その内容もお寒い限りです。どんな内容なのかは、実際に講演をお読みください。
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