本日の「怒」090620/都議選の告示を前に/石原都政に風穴を開けたい1
来月早々に東京都議会議員選挙が行なわれます。今回はどうしても声を大にして言いたいと思います。
都議会議員選挙で、石原都政にストップをかける結果を選択しましょう!!
石原都政の問題は、枚挙にいとまがありません。
・新銀行東京問題:1400億もの税金をどぶに捨てた新銀行東京。今になって石原都知事は責任逃れにやっきになっていますが、そもそも言い出しっぺは都知事本人。それも、「悪者都銀に立ち向かう正義の味方」を気取ってつくられたものです。細かい経緯は省きますが、銀行に対する課税に失敗した石原氏が、いわば「私怨」をはらすために作られたものだといっても過言ではありません。もちろん、石原氏は今でも「俺の考えは間違っていない。スタッフが馬鹿だったのだ。俺は不幸だ」と思っていることでしょう。
・福祉政策の後退:石原都知事が就任してから、福祉関係の予算は削減につぐ削減を繰り返してきました。結果として、東京都の福祉水準は劇的に後退しました。その象徴的な事例が、群馬県渋川で起こった老人ホームでの火災事件です。老人医療が後退(65歳から70歳までの医療費の自己負担や施設の拡充の停止など)によって、難民となる老人が急増し、無届けの老人ホームに入居せざるを得ないお年寄りが増えました。また、子どもの保育所も「競争でサービスがよくなる」という大義名分で営利企業の参入を積極的に推進し、無責任な体制の保育所に高いお金を払って入れざるを得ない人が急増しているのです。もちろん、こうした政策は税金を「節約」するためのものですが、一方で大規模開発(高速道路、築地の移転と跡地開発、東京オリンピックなどたくさん)には積極的です。石原都知事が「誰のための都政を行なっているか」は、明らかです。
・首都大学東京の問題:大学の根幹とも言える学内民主主義を完全に否定し、石原都政に批判的な教授を排除して2003年にスタートした新大学ですが、大学の運営には石原氏の思想の根幹とも言うべき、「自分が世界で一番頭が良い」「馬鹿なやつは黙って言うことを聞けば良い」という主張がそのまま体現されています。これは、自民党や旧文部省が長い間目指して来た方向でもあります。批判精神や想像力ではなく、無批判に従う民を「生産」することが教育である、という方針です。大学で研究者や学生が創造性豊かな研究活動をするためには、自由な発言や民主的な制度が不可欠です。首都大学は、まさにそうした大学としての根本的な働きを無視した存在になり果てました。
・都政の私物化:石原都知事の品性下劣ぶりは、公費での豪華ガラパゴス旅行や繰り返される豪華な海外旅行、四男の作品を高額で買い上げたり公費で海外出張をさせたりという、「権力を握ったんだから、東京のものは俺のもの」的な行動に現れています。その良い訳も見苦しい限り。
・文化への無理解:自分の息子の絵を「芸術的価値がある」としてバカ高い価格で買う一方で、東京都交響楽団などの文化事業に対しては容赦ない「大ナタ」をふるいました。団員の全員解雇、有期契約での再雇用と言う手段でリストラと補助金の削減を図りました。自分にとって利益をもたらしたり興味を持つ文化活動以外への無理解によって、都民や子どもたちの文化活動を担ってきた人々がいとも簡単に切り捨てられているのです。
・巨大公共事業の推進:石原都知事がカジノ構想を持っていたことは有名です。その論理のお粗末さ(例えば、「諸外国の首都でカジノがないのは東京だけ」という発言など/この発言は、石原都知事が本当は小心者で自信がないことを裏付けていますね)はさておき、この構想には建設利権を始めとする旧来型の政治家の利益誘導の匂いが強くただよっています。カジノ構想と同時に石原都知事が力を入れているのが道路建設。30年以上凍結されていた外環道や高尾山の破壊につながる圏央道などの建設に邁進しました。また、銀行問題でミソをつけると、自身の三期目の目玉にオリンピック招致に力を入れ始めます。もちろん、オリンピック招致は開発利権がひとつの大きな目的であることはいうまでもありません。外環道や中央環状線の建設に当たっては「反対するやつは頭が悪い」などの暴言を吐き続け、いらだちを見せていました。
まだまだありますが、今回私が一番問題視しているのは「築地市場移転問題」です。


都民ではないので詳しくはないのですが、新銀行東京は酷いですね。役人が事業に口出ししていいことがないという良い例になってしまいました。
大学にいたことがあるので、細かい部分に反応するのですが、「大学の根幹とも言える学内民主主義」というのはマジですか?理事会が物事を決める私立大学を否定しますか?都立大のことは知りませんが、他の国立大と同じだったと思うのでそれが前提で一般的な話ということですが、「学内民主主義」というのは教員たちの既得権を守る方便でしかありません。そこには学生の教育に対する責任も納税者に対する責任もありません。セクハラは最近では厳しくなりましたが、アカハラは日常茶飯事、外に出ることはまずありません。セクハラと違ってアカハラの原因の一つは教員の能力そのものなのですが、能力のない教員が首になることはありません。
私は日本の大学の研究レベルも教育レベルも上がらない原因の一つはこの「学内自治」にあると思っています。文部省や都の「改革」が正しいかどうかは良く分かりませんが、おかしな改革を招いたとすれば大学自体に責任があると思っています。
投稿: わら | 2009年6月21日 (日) 11時01分
私立大学の理事会が方針を決めて「その方針に従う人だけを雇う」のは、もちろん勝手でしょうね。仏教系の大学で「キリスト教だけがまともな宗教だ」と言う教授がクビになるのはおかしくないです。でも、学内でものが言えないのはダメでしょう。
公立大学(よーするに税金を使っている大学)が、そのときの政府(や地方公共団体)の都合(好み)で教授陣を牛耳るのは、どうあっても間違いだと思います。そして、その間違いを正せるのは、学内にいる人たちだけ。教授が既得権を守るために大学のシステムを使っているのは、制度の誤りではなくその教授たちの問題だと思います。と言ってしまうと、なんでもそうなっちゃうんだけど・・・
アカハラの実態は間接的にしか知りませんが、日常的にあるでしょうね。教授に論文を盗用された院生がクレームをつけた(それ自体が信じられないが)らクビになった、という実例なんかは知ってます。
根本的には、大学の教員の多くは信用していません。客観主義刑法のリーダーだった人が、(最高裁判事の椅子が欲しかったからなのかはわかりませんが)、時の政府にすり寄るような行動をとったのを見てきましたしね。最近はじっくり考えたことはないのですが、私がイメージしている「学内民主主義」とは、そういう教授のクビを切れる可能性も含んでいるかもしれません。
投稿: 家主 | 2009年6月21日 (日) 18時05分
間違いを正せるのは学内にいる人というよりは納税者だと思います。都立大のことは知りませんが、国立大の独法化の時が似た状況で、学内の人がいろいろな方法で世間に訴えたのに世間ではあまり反応がなかったのではないでしょうか?「学問の自由」を訴えている人もいましたが、世間ではしらけた感じだっと記憶しています。僕も、こいつら何頓珍漢なこと言ってるんだ?と思っていました。
絶対に正しい普遍のシステムなどというものはないので、中にいる人がそのシステムでちゃんと動かないのならそのシステムが悪いと言うほかありません。良いことかどうかは別として、外からの強権的な力がない限り大学が変わることはないと思っています。
投稿: わら | 2009年6月21日 (日) 19時06分
なるほどね。中にいるからこそ中に絶望するのでしょう。
外から変えることは、しかしながらもっと難しい。首都大学のやり方がおかしいからと言って、石原に投票しなくなる人はほとんどいないでしょう。中から外に訴えても「なにやってんだ」という反応になるのは昔から同じですね。
僕が少しひっかかっているのは、「学内民主主義のせいで研究業績があがらない」というわらさんのコメント。シンガポールのように金で横っ面をひっぱたいて最高の設備を与え、期間限定で評価する、というシステムなら、結果はでるでしょうね。研究機関として業績を上げるのには役立つでしょうが、その前の「教育機関」としてはこういうところは機能しない。似たようなことは音大でもある。
根本的には、僕は大学の数が多すぎると思ってます。10分の1、いや、100分の1でもいいかもしれない。そのかわり、充実させる部分は別にありますけどね。「数がたくさんないと選択肢がひろがらない」という主張はわかりますが、偏差値で受かる大学を選んでいる人が圧倒的多数である以上、こういう主張は意味がない。研究機関をもっと充実させて、大学がきちんと機能するようになれば、意味が変わるんじゃないかと思ってます。
難しい問題だとは思いますけどね。
投稿: 家主 | 2009年6月22日 (月) 09時27分
競争自体が悪いのではなく、競争の仕方が悪いのだと思っています。日本でも集中的にある研究者に資金を出して多くのポスドクを雇って研究することになって来ています。ですが、そういう研究室にいた人の話を聞いてみると、テーマに限りがあるのでポスドク同士でテーマを取り合ったり、研究費が使いきれなくて年度末に無駄なものをいっぱい買ったりしているようです。不思議なのは投入した研究費あたりの成果が問われないことです。次の研究費は以前の研究費獲得実績や研究業績(の絶対値)によって決まるので、一度もらった人は続けて取れるようです。競争といいながら利権のシステムになっているのは小泉政権みたいです。
アウトサイダー的立場にずっとあった家主さんがどうして組合的な既得権益を擁護するのだろう?と思っていましたが、そうではなく大学を減らして、真に資格あるものだけが残れというハイパーエリート主義なんですね。
投稿: わら | 2009年6月22日 (月) 13時09分