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2009年1月24日 (土)

日本の取るべき進路について5/きちんと「懲り」ましょうよ/政府の役割その3「受益者負担という名の責任放棄」


「受益者負担」という言葉をよく聞きます。本来は、公共事業の結果、利益を受ける人と受けない人が出る場合に、利益を受ける人が一定の額を負担することを言います。よく使われるのは、上下水道の整備です。上下水道を引く場合に、その対象となる家(や集落)が一定の額を負担することを指すものです。

 この「受益者負担」という言葉、非常に安易に、曖昧に使われるようになりました。「サービスを受ける人はそれに対して対価を払って当然」という感覚が生まれやすいからでしょうか、いたる所で見かけるようになりました。いわば「サービスを受けるなら金を払え」という脅し文句のひとつです。ローカル線の値段が高いことも、障害者が授産施設で働くための「料金」を払うことも、「受益者負担」という言葉で正当化されてきました。では、一体、政治や公共の役割とは何なのか。現実には、社会が経済合理性だけ、利益/効率優先で運営されたらどうなるか、ということは、前回のエントリーで述べました。この「経済合理性」での政策運営を正当化するために、「受益者負担」という言葉が濫用されているのです。

 政府の役割、社会の仕組みそのものには、さまざまな見方があります。それは否定するものではありません。しかし、「弱肉強食」「勝ったものが偉い」という、ある種の「欲望にまかせた社会」が正しいと思っている人がどのくらいいるのでしょうか。ホリエモンのように、はっきりと「儲けたもの勝ち」と言い切ってしまうことは、ある意味では凄いことです。普通の人たちは、心の中でそう思っていても、「人間としての恥」が、そのように言うことをためらわせるからです。「お金のないやつは、そいつが悪い」「出世しないやつは能力がないだけ」「体が動かないやつは無能」と言ってしまうことが「恥ずかしい」と思うからです。これは、動物的な本能からは外れたものです。ある意味で、ホリエモンやアメリカ人の多くが持っている価値観は、非常に「動物的」なのだとも言えます。

 少し話がそれましたが、「受益者負担」に戻りましょう。この言葉を私流に正しく定義すると、「生活するための最低限のサービスを超える部分で公共サービスを受ける時に、サービスを受けるものが一定の負担をすること」だと思います。

 一例を挙げましょう。いわゆる「ハコもの」のことです。

 私は仕事柄、公共施設(ホールや会議室など)を比較的よく使います。こうした施設は、市民(区民)の税金で作られたもので、住民の生活向上に資するための施設です。しかし「なくてはならない」ものではありません。実際に、抽選でとれないときには民間の施設を使うこともあります。ただし、民間の施設は総じて高いので、公共施設に人気が集中します。こうした施設を使う時に払う「使用料」は、まさに「受益者負担」です。「税金で作ったものだから納税者はタダで使わせるべき」という議論もあるようですが、私はその見解には与しません。施設を使う人と使わない人の差が大きすぎるからです。

(注)実際の公共施設の運用方法には、不満がたくさんあります。実際に税金を払った市民(区民)の利用が、まったく関係ない人たち(団体)の利用と同一であることも少なくありませんし、料金の設定にも首を傾げざるを得ないことが多いからです。

 これに対して、基本的なインフラについては「受益者負担」という言葉を使うのはいかがなものか、と思います。実際には、下水道の整備について、実際にサービスを受ける人たちがある程度の負担をしなければならないことが多く、「受益者負担」という言葉も、これについて使われていることが多いようです。赤字を垂れ流すハコもの、空港、港湾設備などを作る余裕があるのであれば、こうした生活に密着したインフラを優先的に公費でまかなうべきだと思うのです。

 このことを拡張すると、交通や通信、郵便局、病院などの施設も、生活に必要なインフラだということがわかるはずです。こうしたものは、経済合理性を全面に打ち出して運用してはならないものであり、政府(や地方公共団体)の存在意義ですらあると思うのです。地方の鉄道が「儲からない」のは当たり前、人口の少ないところの通信インフラのコストが高いのは当たり前、地方の病院が赤字になるのも当たり前、なのです。こうしたところにこそ、効率よくお金を投入すべきなのです。

 しかし、現実は反対方向に進んでいます。郵便局は民営化され、過疎地の郵便局が100単位で実質的に閉鎖されました。年金を下ろしに行くのに、(路線バスも廃止されたので)タクシーで何千円もかけなければならない、という人が増えています。第二東名高速道路に何兆円も使う一方で、ローカル線、第三セクターの鉄道、バス路線、と順々に廃止の憂き目に遭っている過疎地が増えています。ほとんどの人が携帯を持っている新宿駅地下にはずらーと並んでいる公衆電話は、地方に行くとどんどん撤去されています。厚労省の「中央集中化、医療の効率化」政策のために、地方の病院の多くが経営難に陥り廃止されています。(そんな政策を採っていない、と言われるかもしれませんが、こうなることははじめから予想されたことです。)障害者は、使用料が払えずに授産施設から次々に追い出されています。「応益負担」という言葉は、まさに「受益者負担」そのものです。障害者に「サービスに見合った料金を払え」などという政策を採っている先進諸国は、日本だけです(アメリカですらやってない!!!)。このような政策を強力に押し進めて来た、自民党と公明党の責任は重いと言わざるをえません。

 書いてきたような現実を直視すると、受益者負担という言葉がどのように使われて来たか、ということがよくわかります。これが、中曽根政権から小泉政権までの30年間に行なわれて来た「政府の仕事」なのです。

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